街場のレストランや蕎麦屋で会計を済ませようとするとレジ脇なぞの目につく場所によくタウン誌が置いてある。
無料なので気軽にひょいと貰い受け帰りの車中で読んでみたりするが大概つまらない。特定の店の宣伝だったり、出来あいの座談だったり、通りすがりの者には縁遠い話題だったり。結局そのまま屑籠行きと相成るのが常だ。
ところが先日のこと、上野で軽食を取った帰りに手に取ったそれは実に読み応え十分。どれもこれも面白いエッセイばかり、滋味掬すべき名文の釣瓶打ちなのである。誌名はシンプルに『
うえの』という。その六月号の目次を書き写そうか。
奥本大三郎 木造五階建て
岡野俊一郎 熱く、長い一か月の始まり
池内 紀 ナポリ流人生哲学
(カラー図版特集)特別展 ナポリ・宮廷と美
カポディモンテ美術館展
渡辺晋輔 カポディモンテ美術館展─ルネサンスからバロックまで─
坂崎重盛 「美しい人」の愛蔵品に会いに
森田正光 北冷と西暑のあいだ
林家正楽 紙切りと文 六月のご注文
与那原 恵 女座長と沖縄ふう天ぷら
森 まゆみ 歯医者の子
実はこれで三分の二ほどでまだ残りがあるのだがあとは省く。とにかくここまで列記した文章はどれも珠玉の読み物で、不出来なものはひとつもない。これは驚くべきことではなかろうか。きょうび岩波の『図書』も新潮の『波』も往時の輝きはなく、収録エッセイは玉石混淆であるのに比して、このタウン誌の充実ぶりはどうだろう。
上野公園の歴史を辿りながら散歩の醍醐味を味わわせる
奥本大三郎、手際よくワールドカップの見どころを要約し期待を醸し出す
岡野俊一郎、旅先のナポリで見かけた「無為の日常」を活写した
池内紀の紀行文はうまい具合に次のカポディモンテ展特集への導入の役割を果たす。西美の学芸員の文章は単なる展覧会紹介の域を出ないが、まあ多忙な展覧会直前ゆえ大目に見よう。
坂崎重盛の標題にある「美しい人」とは詩人の立原道造のこと。本郷にある記念館の訪問記なのだが、手馴れた筆致で読む者を「行かなくちゃ」という気にさせるのは流石。天気予報番組でよく顔を見かける
森田正光が思いもよらず(失礼!)懇切丁寧な名文家であるのも新鮮な発見だ。
林家正楽師匠の文章は高座での口跡さながらに軽妙洒脱な語り口が実に愉しい。
与那原恵の小文は六月二十三日の「慰霊の日」、すなわち沖縄戦終結の日に因んで、ひとりの老女優の思い出をしみじみと。
森まゆみは歯医者だった父について、その律儀な職人気質をいとおしんで記す。
これだけの内容を毎月毎号載せているのだから凄い。よほど目利き凄腕の編集者がいるに違いない。この雑誌に寄稿する者は手を抜くことができなかろう。