昨日のうちにディスクに焼いておいたデータを持参し、午前中から神保町の編集事務所で打ち合わせ。三十年前の同僚である花田先輩の仕事場である。ここで先輩は奥様と一緒に手際よく作業にいそしんでいる。PC画面にあれこれ説明を加えながら三人でしばし作戦会議。果たしてものになるかどうか。
昼飯時になったので夫妻をお誘いして近くの洋食屋「
キッチン・マミー」へ。
三十余年前、この街で初めてバイトしたとき職場で「
安くて腹一杯になる店だよ」と教えられて以来、十年間の編集見習い時代ここに何百回通ったろう。海老フライ、豚カツ、メンチカツなどを組み合わせた定食で知られる店だが、いつも黙々とフライを揚げていた主人が先年亡くなり、今は奥さんがあとを継いで店を切り盛りしている。
十一時五十分に着いたら狭い店なのでもう満席、数人の列ができる繁盛ぶり。
十分ほど外で待たされ店に入ると、揚げ油の香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。若いサラリーマンや学生が黙々とフライに齧りつき、キャベツを頬張っている。テーブルが三卓とカウンター。狭い厨房。以前と何ひとつ変わっていない。セルフサーヴィスの給水機も昔のまんま。懐かしさがこみ上げる。
小さな黒板をいくつも並べ、それぞれに品書きが白墨で手書きされているのがここの流儀。それが店の外にも中にも掲げてある。
ミックスフライ=豚ヒレカツ2+ポテトコロッケ+鶏カツ4
Aセット=海老フライ×2+メンチカツ
Bセット=海老フライ×2+鶏カツ×4
Cセット①=海老フライ×2+ヒレカツ
Cセット②=海老フライ×2+ヒレカツ×2
おすすめセット=海老フライ×2+ポテトコロッケ
メンチカツセット=メンチカツ+豚ヒレカツ+ポテトコロッケ
Mセット=海老フライ+豚ヒレカツ+ポテトコロッケ
ざっとこんな感じ。要は数種の揚げ物の順列組み合わせなのだが、これに大盛りのキャベツ、ハム3枚、大盛りライスと味噌汁がつく。ネーミングも昔から変っていない(「マミーセット」というのがあった気がする…)。フライ定食屋の王道メニューである。
黒板を眺めてさんざん迷った末に選んだのは、以前にはなかった新メニューとおぼしい「
貝柱・海老セット」。ほかのセットが七百~八百円なのに対し、これだけ八百五十円。思い切って奮発してみた。
ほどなくサーヴされた料理をみて一瞬たじろぐ。皿からはみ出さんばかりの海老フライ。そしてこれまた大ぶりの帆立貝柱のフライが三つ、所狭しと犇き合う。それにお約束の山盛りキャベツ、おまけのハム三枚。頼まなくとも丼は椀飯振舞だ。
かすかな不安がよぎる。完食できるだろうか。相席の先客サラリーマンはライスを半分も残してしまっている。若いのに不甲斐ないことだ。
気を取り直して割り箸を割る。海老は火の通りをよくするためか、予め背から開いてあるのでフライになると平べったく、大きさもいや増す。これも昔からこの店の流儀だった。思いのほか油切れがよく、サクサク歯応えがいい。貝柱もかなりの大ぶりで、こちらは半ばレアの火加減なので柔らかくて美味。
それにしても半端でない分量だ。しばし一心不乱に齧り付く。花田夫妻も相客のサラリーマンも、周囲の誰もが無言で食べ続けている。
やっと思いで完食。昔はライスを大盛りで註文して軽々と平らげたのだからなんとも情けない。前に早稲田の
キッチン オトボケで痛感した思い(
→ここ)を新たにした。花田夫妻もかなり食べ残していた。次回は少なめなMセットにすべきだろうか。