(承前)
こうして列品を紹介していたら収拾がつかなくなって昨夜は途中で力尽きてしまった。そのまま風呂にも入らず寝てしまったのである。
演博の「
チェコ舞台衣裳デッサン画展 現実から想像へ」はことほど左様に刺激的な内容だったのだ。ほかにもアール・デコ様式の追随者とおぼしき
ヨゼフ・ヴェーニクの手掛けたスタイリッシュな『サロメ』(1928)やら、チェコ舞台美術界の重鎮である
フランチシェク・トレステルが最晩年に手掛けた『
利口な女狐の物語』(1965)の手慣れて老獪なタッチの動物たち(狸と蛙)やら、見どころを書き連ねたらそれこそきりがなくなる。
とりわけ意表を突かれたのは、当時パリ亡命中だったロシア人
イワン・ビリービンが1935年にプラハ国民劇場での上演用に歌劇『
サルタン皇帝の物語』の舞台美術を手掛けていたという事実。演出はなんと
ニコライ・エヴレイノフだった由。その衣裳デザイン画がいくつも並べられているのには魂消た。プラハの演劇環境の底知れぬ奥深さに気が遠くなる思いだ。
最も衝撃的だったのは、同じく亡命ロシア人である
クセニヤ・ボグスラフスカヤの作品が観られたこと。初期のスプレマティズム同調者のひとりだったが、1919年に夫
イワン・プーニとともにフィンランドを経てベルリンに亡命、ロシア人の溜まり場だったカバレット「青い鳥」や、ボリス・ロマノフのロシア・ロマンティック劇場などで舞台美術を担当したが、その後パリに落ち着くまでのわずかな間プラハでも活動したのだという。展示されていたのはまさにこの時期プラハで(夫プーニと協働により)手掛けたユリウシュ・スウォヴァツキの『バラディナ Balladyna』(1923)から「女王」「城の婦人」の二点。さりげなく壁に掛かっていた。一見してアレクサンドラ・エクステルに似通った立体未来派風の目覚ましい衣裳デザインである。これは凄い。
芸術家たちは易々と国境を越え、アヴァンギャルドは瞬く間に伝播する。理屈ではそうとわかっていても紛うことなきその例証をまざまざと見せつけられ、思わず立ち竦み目が眩むのを禁じ得なかった。
列品はすべてプラハ国立博物館から借用したもの。もう二度と目にする機会はなかろうかと思うと愛しさも一入である。20日までの会期中ぜひとも再訪したいものだ。