五月四日はどこの行楽地においても年間の特異日である。
よほどの荒天でもない限り、人出が最高を記録する日なのである。いつも決まって三連休の中日であるから家族連れも恋人同士も室内に留まってなぞいられない。美術館時代にそのことは嫌というほど体験した。「モネ展」(1995)や「ルノワール展」(1999)の混雑ぶりといったらもう筆舌に尽くせぬほど。なにしろ入場制限までやったのだ。上野や六本木ではない、千葉の片田舎の落花生畑のど真ん中でのお話。
今年は四連休なので例年よりいくらか分散傾向にあるだろうが、それでも芋を洗う大混雑は覚悟せねばならないだろう。こういう日だからこそ在宅したまま春風駘蕩のんびり古き良きシャンソンなぞを聴くに限る。
"Charles Trenet: Récital inédit à La Varenne Saint-Hilaire"
シャルル・トレネ:
パリに帰りて Retour à Paris
ブン!Boum!
牛乳売りと水売り Debit de lait debit de l'eau
詩人の魂 L'âme des poètes
マムゼル・クリオ Mam'zelle Clio
薬局で Dans les pharmacies
牡牛たち Les boeufs
巴里で四月に En avril à Paris
ポールを肩に Paule sur mes épaules
可愛いサルダン La jolie sardane
ダゴベール王 Le Roi Dagobert
大きな蛇 Le serpent python
喜びあり Y'a d'la joie
ラ・メール La mer
ヴォーカル/シャルル・トレネ
ピアノ/不詳(アルベール・ラスリー?)
1954年4月29日、ラ・ヴァレンヌ・サン=ティレール、「ラ・ドーム」映画館(実況)
INA mémoire vive IMV060 (2005)
パリの国立視聴覚研究所 INA のCDシリーズ「
生ける記憶 mémoire vive」からハスキル、ブリュショルリ、ぺルルミュテール、カザルス、ロスバウト、ロザンタール、デゾルミエール、ユーグ・キュエノー、イレーヌ・ジョアキムらの貴重な放送録音が陸続と刊行されているが、そのなかにサラ・ヴォーンやシャルル・トレネの珍しい実況録音が含まれてることに気づいた人はあまり多くないだろう。
2001年まで長生きしたシャルル・トレネだが、われわれの世代からみても恐ろしく昔の歌い手との感は否めない。シャンソンというジャンルそのものがロック台頭期に入ると一部の愛好家以外には時代遅れの音楽と看做されていた。次世代のアズナブールやイヴ・モンタンですら専ら銀幕スターとして見知ったくらいなのだ。
トレネのシャンソンを初めて意識して聴いたのもスクリーンを通してだった気がする。
フランソワ・トリュフォー監督作品『
夜霧の恋人たち』(1968)の主題歌「残されし恋には Que reste-t-il de nos amour」である。それ以前にも「ブン!」や「詩人の恋」や「ラ・メール」も耳にしていた筈だが、概ね日本のシャンソン歌手たちのカヴァー・ヴァージョンを通してではなかったか。間違いなくトリュフォー監督はトレネの歌を愛していたのだと思う。1976年公開の傑作『
おこづかい L'Argent de Poche』(邦題「トリュフォーの思春期」はいただけない。だって悪戯な小学生の物語は全く思春期と無関係なのだ)でも、半ば忘れられたトレネの古い歌「日曜の子供は退屈 Les enfants s'ennuient le dimanche」を再び主題歌に採用したのだから。
芸歴の恐ろしく長いトレネだが、その最盛期は1940年代から50年代初頭、彼の二十代後半から三十代までだったような気がする。代表曲の「ブン!」が1938年、「ラ・メール」が45年、「パリに帰りて」が47年、「詩人の魂」が51年の作であることが問わず語りにそれを物語っていよう。独逸軍占領下の暗い日々、底抜けに明るく弾むトレネの歌声に仏蘭西人はどれだけ慰められ、励まされたことだろう。