カレル・チャペックについて何度この本のお世話になったことだろうか。今でも折に触れてページを繰って頼りにしている。これを超える懇切で愛情に満ちたチャペック入門書には今なお出逢っていない。名著とはまさにこのことだ。
千野栄一
ポケットのなかのチャペック
晶文社
1975(増補第三版1989)
今日もこの本のお世話になる。遠慮なく引用させていただく。
この [プラハ屈指の劇場である]
国民劇場で一番よく上演されたチャペックの劇はSF風の『白い疫病』であろう。(これは一見、白血病を思わせるが伝染病ということになっている)。チャペックの作品中では後期の、反ナチの姿勢が明確にでてきた一九三七年の作品で、傑作の名が高いが、残念なことに邦訳はまだないので、三幕十四場の劇の筋をかいつまんでごく簡単に述べると大体次の通りである。
──ペストにも比べられるような伝染病、「白い疫病」がはやり、誰も治療法を発見できないので混乱がおこるが、町医者になっているガレーン先生がその治療法を発見する。この先生は貧しい者の味方で、平和主義者である。戦争を叫ぶ声の大きいなかで、先生はこの治療法を武器に反戦運動を展開し、発病した大元帥に治療と交換でついに平和を約束させる。しかし、大元帥の治療におもむく途上で、戦争と叫び続ける群衆によって混乱の中で圧殺される。──
千野先生がこう要約された時点では未訳だったこの戯曲(1937年初演)も、今では栗栖継さんの「
白疫病」、田才益夫さんの「
白い病気」と二種類の邦訳で読むことができるようになった。有難い時代だ。だがこのアクチュアルな主題とメッセージをもった重厚な芝居を舞台で観る機会はこれまで皆無だったと思う。
チャペックが自分の作品論で述べているように手短かな解説は作品の真の姿を伝えることはできない。この『白い疫病』にしても数多くの伏線があり、医師の使命としての病人の治療と、それを戦術とすることの悩み、また、大元帥を代償なしで治療することによっておこる戦争の被害との比較など、淡々として進む会話の中に討論の対象になるいくつもの重大なテーマが織込まれている。[……]
チャペックはいう──その戦争が勝利に終ることはない。大元帥がいようといまいと平和は到来し、「白い疫病」への薬も探し続けられるが、先生を殺した群衆は敗戦と病気で長い期間ひどい代償を払うことになろう──これがチャペックによるファシズムへの予言だったのである。
と、ここまで読んで恵比寿へと赴いた。今夜はここでチャペック劇を観る。ただし本来のストレート・プレイでなく、翻案ミュージカルだ。
テアトル・エコー公演139
恵比寿・エコー劇場
19:00~
白い病気
原作/カレル・チャペック
脚色・演出/永井寛孝
音楽/園田容子
装置/大田創
衣裳/西原梨恵
出演/
沖 恂一郎、熊倉一雄、沢 りつお、山下啓介、後藤 敦、根本泰彦 ほか
(まだ書き出し)