若き日の
ベンジャミン・ブリテンが数多くの映画音楽を手掛けたことはどんな伝記にも記されている周知の事実である。この生活のための賃仕事を通してブリテンは詩人のW・H・オーデンと知り合い、その後の旺盛な創作活動へと途を拓いたのもよく知られていよう。それなのに実際に彼の映画音楽を耳にした憶えがとんとないのは一体全体どうしたことか。
教育映画『
オーケストラの楽器』(1946)のサウンドトラックがそのまま「青少年のための管弦楽入門」として人口に膾炙したのを唯一の例外として、われわれはブリテンの映画音楽について何ひとつ知らないも同然なのだ。
ディスコグラフィの欠落を埋め、青春期のブリテンについての蒙を啓くこんな画期的なアルバムが英国で三年も前に出ていたなんて気づかなかったなあ。
"Britten on Film"
ブリテン:
『夜間郵便』(1935-36)
『持参金(ロッシーニ組曲)』(1935)
『王様の切手』(1935)
『黒人』(1935)
『海への道』(1936)
『電報』(1935)
『英国の平和』(1936)
『メーターの陰にいる男たち』(1936)
『炭鉱夫の顔』(1935)
ソング「あなたが愛情を示したくなったとき」(1935)
マーティン・ブラビンズ指揮
バーミンガム現代音楽集団
バーミンガム市交響合唱団
バーミンガム・キング・エドワーズ学校合唱団
朗読/サイモン・ラッセル・ビール
ソプラノ/メアリー・カリュー
2006年3月11~12日、バーミンガム、CBSOセンター
2006年7月10日、9月26日、ロンドン、サウンド・カンパニー(朗読)
映画の題名に見覚えがないのはいずれもドキュメンタリー映画だから。殆どの作品は GPO すなわち General Post Office (中央郵便局とでも訳すべきか)が製作した広報用の短篇映画なのだそうだ。当時その製作陣の中心にはポール・ローサ、ジョン・グリアソン、アルベルト・カヴァルカンティがいて、先駆的な記録映画の創出に果敢に取り組んでいた。その渦のなかに二十二、三歳のブリテンは専属作曲家として身を投じたのである。
一曲一曲はどれも一、二分程度の短いシークエンスだが、青年作曲家の才気煥発と創意工夫がほうぼうで弾けんばかり。『持参金』ではやがて組曲「ソワレ・ミュジカル」「マティネ・ミュジカル」として纏められる小品群の祖形が聴けるのも興味深い。