今ひとつ冴えない薄曇りだが、昼近くなってやっと雲間から陽が射したのを見計らって近所でささやかな花見。
印旛沼から東京湾へと注ぐ川の河口近くに長く細い緑地公園があって、芝生のそこここに桜が植わっている。名にし負う花見川。千鳥ケ淵や上野公園や哲学堂公園とはもとより比較すべくもないが、それでも思い思いにシートを広げ天幕を組み立て、酒と肴を囲んだ家族づれや職場の同僚たちや老人会が至る所に屯している。われら初老ふたり組も隅っこのベンチで魔法瓶から珈琲を注ぎ、サンドウィッチを頬張る。
帰宅後は長閑に音楽でも。春先になると何故かディーリアスが無性に聴きたくなる。今日はちょっと趣向を変え、ビーチャムでもバルビローリでもなく、半ば忘れられた往時の名匠コリンズをかけてみよう。
"Anthony Collins conducts Delius"
ディーリアス:
夜想曲「パリ──大都会の歌」
ブリッグ・フェア*
夏の庭園で
春を告げる郭公*
川の夏の夜
夏の歌*
アントニー・コリンズ指揮
ロンドン交響楽団
1953年2月23&25日*、10月20&21日、ロンドン、キングズウェイ・ホール
Dutton Laboratories CDLXT 2503 (1995)
英デッカの専属指揮者として史上初のシベリウス全交響曲録音を成し遂げ、映画音楽作曲家としても活躍、生涯をロサンゼルスで終えた英国人
アントニー・コリンズ(英国なので「アンソニー」ではないらしい)の名を
フレデリック・ディーリアスと結びつけて想起する人は少なかろう。だが彼はLP最初期に二枚の秀逸なディーリアス・アルバムを残しており、「グラモフォン」誌の批評子曰く、「コリンズはおそらく世界で最も優れたふたりのディーリアス指揮者のうちのひとりだろう」。
その円熟の至芸は本CDにほぼ完全な形で覆刻され、上の評価が過褒でないことを証拠だてている。たしかにコリンズのディーリアスは詩的でエヴォカティヴ、芳しいニュアンスとヒューメインな味わいに満ちた秀演揃いなのだ。
今この季節に聴くのに似つかわしいのは、「春に郭公の初音を聴いて On Hearing the First Cuckoo in Spring」、そして「ブリッグの定期市 Brigg Fair」だろうか。もうひとつ、小生のような
ケン・ラッセル好きにとって忘れ難いのは「夏の歌」。同曲初のLP録音であるとともに、かの伝記映画『
夏の歌 Song of Summer』(1968)のサウンドトラックに流れていたのは、紛れもなくこのコリンズ指揮の演奏だった。
惜しまれるのは収録時間の制約から、名演の誉れ高い「楽園への歩み」が本CDには収められなかったこと。これだけが心残りだったのだが、つい最近になって英国の Beulah なるマイナー・レーベルからこんな重宝な覆刻CDが出たのを知った。
"Anthony Collins conducts British Music"
サリヴァン:
舞踏会序曲*
ガーディナー:
羊飼フェネルの踊り*
グレインジャー:
シェパーズ・ヘイ*
ヴォーン・ウィリアムズ:
トマス・タリスの主題による幻想曲**
グリーンスリーヴズによる幻想曲**
ディーリアス:
楽園への歩み*** ~歌劇『村のロメオとユリア』
夏の歌***
アントニー・コリンズ指揮
ロンドン新交響楽団*
ロンドン交響楽団** ***
1956年12月5、6日、ロンドン、キングズウェイ・ホール*
1952年3月30日、4月1日、ハムステッド、ブロードハースト・ガーデンズ、デッカ・スタジオ**
1953年23~25日、ロンドン、キングズウェイ・ホール***
Beulah 1PD26 (2008)
LP時代に耳にしたきりずっと機会を逃していたコリンズ指揮による「
楽園への歩み The Walk to the Paradise Garden」が申し分のない覆刻(盤から起こしたものだというが響きは上乗)で聴けるのを寿ぎたい。永く待っただけの甲斐があった。
折角なので、せめてこの一曲だけでもお聴かせしようか(
→これ)。
ここで聴けるのは覆刻CDの発売元 Beulah が広告としてアップした音源なのだが、それに併せて「古き良き」英国風景の映像が流れるのがノスタルジックな情趣を掻きたてる。50年代の観光映画の一場面なのだろうか、クリケット試合やらヨット帆走やらピクニックやらの懐かしい場面が映し出される。それらがディーリアスの音楽としっくり融和するのはどうしてなのだろう。
散策中のカップルが仲睦まじく寄り添い、牧場の柵に凭れて彼方を眺めるところでストップモーション。その姿のままでCDのカヴァーに封じ込められる趣向も床しい。