外は颱風のやうな荒模様。花に嵐、ストーミー・ウェザーとは此の事だ。
凄まじい強風が昨晩からずつと吹き募つてゐて、ちょつとした外出すら儘ならぬ有様である。其れも此れも患つた目を労りながら終日ゆつくり過ごせといふ天命なのであらうか。友人との銀座歩きを楽しみにしてゐた家人も急遽その予定を取り止めるのだといふ。そもそも強風で在来線が運休してゐるのだ。
一昨日は点眼薬の影響で周囲がぼんやりとしか見へず、原稿の締切日だといふのに一行も書けず往生した。やむなく先方に事情を告げ期限を一日丈繰り延べて貰ひ、翌朝やつとの思ひで仕上げて送つて仕舞ふと、昨日はもうそれきり何も出来ず仰向けに寝転んだ儘ひたすら音楽を聴いてゐた。
横になつて許りゐるのも藝がないので、読書でも始めやうかとむつくり起き上がる。目に余り負担をかけるのは禁物だが、少し丈なら構はないだらう。さう云へば三月中はずつと執筆に追ひ捲られて碌に本も読めなかつた。
半月程前に神保町で購めたきり部屋の隅に積んだ儘の分厚い一冊を徐に繙く。
長谷川郁夫
堀口大學 詩は一生の長い道
河出書房新社
2009
入手した其の日からすぐ読み始めたかつたのだが、何しろ六百頁余もある大著なのでおいそれとは手が出せなかつた。尤も全体の三分の一位は初出誌『三田文學』連載時に拾ひ読みしてゐたのだが、この不世出の大詩人の天晴な生涯を一気に通覧してみるのが何より愉しみなのである。
とは云へ今日は百五十頁迄で止めておかう。慌てゝ読み飛ばすのが憚られる含蓄の深さだからだ。じつくり熟読玩味すべき評伝が出現したのを心から寿ぎたい。