久しぶりに神保町界隈を歩いた。1970年代後半から80年代半ばまで、断続的ながらいくつかのプロダクションに籍をおいて、書籍編集の見習をした。この街には小学館、集英社、教育出版などの大手出版社が軒を連ね、その周辺には小生が奉職したような群小の下請けプロダクションがあちこちに点在した。すでに三十年近い時が経過しているので、関わったどのプロダクションも疾うに潰れてしまったが。
表通りの雑踏を逃れて一本裏道へ入るとひっそり、俄かに人影もまばらになる。驚いたことに、かつて打ち合わせでよく使った喫茶店が同じ場所で営業している。安くて満腹になる定食屋も健在だ。懐かしさで胸が一杯になる。
今日この街を訪れたのは1980年前後に同じプロダクションで机を並べた先輩編集者の花田さんから連絡があったからだ。
花田さんとは小学館の「学習まんが 少年少女 日本の歴史」シリーズの編集の仕事で二年間ご一緒し、文字どおり苦楽を共にした。今でも現役で手に入る超ロングセラー「
まんが日本史」である。全二十巻、古代から昭和初年までの日本の歴史を正確詳細に漫画化する。「学習まんが」なので面白いだけぢゃ駄目なのだ。
言うは易く、行うは難い作業である。卑弥呼の館はおろか、聖徳太子や蘇我馬子の宮殿も、平安貴族の寝殿造の邸宅も、戦国時代の山城も、信長の安土城も、秀吉の大坂城も聚楽第も、すべてを事細かに視覚化せなばならぬ。学会でもまだ確たる復元案がないにも拘らず。これはもう殆ど無謀な企てだ。
作画する
あおむら純さんからの要求はシビアだ。建物の外観はもちろん襖や屏風の図柄、畳の敷き方、天井の張り方まで、「細部がわからないと絵には描けないよ」と鋭く追及された。登場人物の装束や家具調度、武具甲冑についてもそうだ。建築史や服飾史の先生方から情報を聞き出し、資料を掻き集めて漫画家に伝達するのが我々編集者の仕事である。思い出しても冷や汗が滲む。重ね着する装束の色や柄、畳の縁の模様までとことん調べ上げたのだ。
途中で台本執筆者がダウンしてしまい、鎌倉時代末期あたりからはシナリオの作成までも編集者の仕事になった。歴史学者が書き下ろした大まかなストーリーを台詞形式に改め、コマ割りが可能な形にもっていく。深夜の神保町の編集室で花田先輩と二人きりで必死になってギャグを絞り出したのを昨日のことのように思い出す。
裏通りに面した古いビルの三階が花田さんの今の仕事場である。三十年前の編集室からも二、三分の距離のところだ。階段を上り、扉を開けると「よお久しぶり!」と懐かしい声がして招じ入れられた。
(まだ書きかけ)