昨晩は三時まで原稿書きだつたので起き出すのが辛い。しかも昨日に引き続きうそ寒い雨降り。
とても外出する気になれないが、かねてより家人と約束してゐた映画見物の日なので渋々重い腰を上げる。目指すは京橋のフィルムセンター。
こゝでは数年前にワーナー・ブラザースから30・40年代のアメリカ映画の16ミリ・フィルムをまとめて入手したさうで、それを連続上映するといふ「
アメリカ映画史研究」なる会に出掛けてみた。
開場三十分前の十一時過ぎに着到すると、入口附近がごつた返してゐる。既に数十人が列を成し、待合室のソファはあらかた埋まつてゐる。どうせガラ空きかと多寡を括つてゐたら大間違ひだつた。我等より遙かに年配のオールドファンが朝から熱心に詰めかけてゐるのである。会場はいつもの上階ではなく、地下の小ホール。定員は百五十ちよつとだといふから、この分だと今日は満員札止めにならう。
今日の上映作は確かに頗る魅力的な一本である。
踊るニュウ・ヨーク
Broadway Melody of 1940
MGM
1940年
監督/ノーマン・タウログ
脚本/レオン・ゴードン、ジヨオヂ・オッペンハイマー
音楽/コール・ポーター
出演/
フレッド・アステア、エリノア・ポウエル、ジヨオヂ・マーフィ ほか
(口上)
30年代にジンジャー・ロジャースとのコンビでRKOの名作ミュージカルの数々に出演したフレッド・アステアと、見事なタップ・ダンスで一世を風靡したMGMの看板スター、エレノア・パウエル。その二人が競演した唯一の作品で、MGMの豪華なセットを背景にコール・ポーターの名曲「ビギン・ザ・ビギン」に合わせて二人が踊るシーンは見所。
当時の日本でも辛うじて公開された戦前最後のアステア映画。七十年前の封切時に観たといふ人は流石にもう少ないだらう。その折の映画雑誌『スタア』の一面広告から惹句を引いておかうか。
に夢がンアフの界世全
生新のムーチのこたい描
!哉きし晴素!哉きし愉
フレッド・アステアとエリナー・パウエル。ダンスの王者とタツプの女王との共演は、確かに「全世界のフアンが夢に描いた」黄金チームの誕生と云へるだらう。
無字幕プリントなので偉さうなことは云へないが、まあ他愛ないバック・ステイヂ物の一本である。タウログ監督の演出も平凡で可もなく不可もないといつた処か。ところがダンス・シーンになると何もかもが一変する。兎に角パウエル嬢のタツプ・ダンスが半端ぢやない。正確無比に繰り出される力強いステツプにさしものアステアもちよつと気押され気味にみえる。
二人が並んで踊る場面はいくつかあるが、どれも素晴らしい出来映へ。とりわけ最後の大仕掛な「
ビギン・ザ・ビギン」でのタツプ・ダンスの凄さには唯々唸るほかない。御両人は技量的に一歩も譲らず、舞台の上で火花が散るのが実際に目に見えるやうだ。『ザッツ・エンターテインメント』だつたか、アンソロヂー・フィルムで何度も目にした有名な場面であるが、かうして本編の大団円として目にすると感慨も一入。やうやくスクリーンでの鑑賞が叶つて無上の幸福を味わつた。
アステアとパウエルの競演がこの一本きりで終つて了つたのは残念だが、観てゐてちよつと草臥れるのも事実。陸続と繰り出されるタツプ合戦に些かも気が抜けないのである。かうしてみると互いを引き立て合ふやうなアステア&ロジャーズの優雅なダンスが懐かしく思ひ出される。否、此れは贅沢な無い物ねだりだらう。とまれ絶頂期の王者と女王との至藝がかうしてフィルムに記録された僥倖を素直に寿がう。
愉しき哉! 素晴しき哉! エンドマークと同時に満雷の拍手が巻き起こつたのも蓋し当然であらう。