剛直にして真摯なる哉ポール・パレー
気のせい
「信ちゃん」
頬に頬寄せ
ドーンでデューク
歌に合わせて踊ろうよ
結構な恋よ!
結構なローマンス
未知のピアニストに震撼
エルネスト・ブールの秘術に酔う
雜用に追はれてゐたら今日でもう二月もお仕舞ひだと云ふ。慌しさに取り紛れ何か書き漏らした事は無かつたか、つらつら考へてみると、一つ大切な新着情報があつた事に気付いた。實は月初めに倫敦から戻つたら届いてゐたディスクがある。其の時點では未だ市販されてゐないといふ話なので紹介を控へた。さつきHMVのサイトを覗いてみたら「發賣中」とあるので取り急ぎお知らせしておこう。
上記サイトから口上を書き冩す。
ポール・パレーのオープンリール・テープ覆刻の第二彈は
サン=サーンスの「オルガン附き」!■ 制作者より
大好評の「パレー/フランス管絃樂曲輯」(GS2051)に續くオープンリール・テープ覆刻の第二彈です。今囘の内容は、マルセル・デュプレがオルガンを務めたサン=サーンスの交響曲第三番「オルガン附き」、ショーソンの交響曲、そしてドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」です。今囘もテープの持つのびやかな音質をたつぷりと味わへます。
■ 解説書の内容
GS2051に續き沼辺信一氏に大變に充實した解説を書き下ろして頂きました。また、テープのバックカードに記載されていたテクニカル・ノートの全譯も掲載してをり、將に讀み應へたつぷりです。(以上、平林直哉)
■ 收録情報
1. サン=サーンス: 交響曲 第三番ハ短調 op.78「オルガン附き」
2. ショーソン: 交響曲 變ロ長調 op.20
3. ドビュッシー: 牧神の午後への前奏曲
マルセル・デュプレ(オルガン、1)
ポール・パレー(指揮)
デトロイト交響樂團録音時期:1957年10月12日(1)、1956年3月24日(2)、1955年12月3,4日(3)
録音場所:デトロイト、フォード・オーディトリアム(1) 舊オーケストラ・ホール(2,3)
録音方式:ステレオ(セッション)
使用音源:Mercury (U.S.A.)
1:STC-90012(オープンリール・テープ、4トラック、19 センチ)
2:MDS5-26(オープンリール・テープ、2トラック、19 センチ)
3:MBS5-8(オープンリール・テープ、2トラック、19 センチ) Grand Slam GS-2075 (2012)
「盤鬼」の綽名をもつ畏友、平林直哉君からの依頼で、昨年末に散々苦しみつゝ擱筆したライナーノーツが收載されてゐる。佛蘭西の大指揮者ポール・パレーのCDに解説を書くのは此でもう四度目。平林君からは「流石にもう話題は餘り無いでせうから短い物で構はない」と諭されたが、さうなると却つて奮起して矢鱈と長い文章を書いて仕舞つた。同君にはさぞかし迷惑をかけた事と思ふ。
聽いてみると確かに芳醇で豐かな音がする。平林君は當時僅かに發賣されたといふ稀少な市販オープンリール・テープを亞米利加より態々取り寄せて、其處から丁寧に覆刻した。結果は驚く程に上乘で、嘗て本家マーキュリー社が出した「正規の」覆刻CDよりも遙かに瑞々しく自然な響きがする。既存のディスクは恐らくノイズを輕減する爲に音に細工を加へてゐたのだ。
其れは兎も角、
ポール・パレーの偉大さに改めて心打たれずにはゐられない。あらゆる餘計な小細工を排し、ひたすら單刀直入に音樂の懷へと沒入する眞摯な態度は當今の指揮者からは全く失はれた美質なのである。
拙文ではポール・パレーが生涯の十八番としたサン=サーンスの交響曲の録音に踏み切る迄の長い前史と、名手マルセル・デュプレが其處に絡んで來る理由とを調べて縷々詳述した。近年横行する不勉强で無益な解説文の向かふを張つて延々と書いた。嫌な顔一つせず全文を掲載して呉れた制作者の太つ腹に感謝したい。
今日も佛蘭西語の勉强會。此で四囘目だ。囘を追ふ度毎に熱が入つて來て、五時間ぶつ續けで取り組む。先生の御指導の宜しきを得た御蔭で、最初の頃に較べ讀解にも馴れて、構文やニュアンスが判るやうになつた氣もするのだが、まあ氣の所爲かも知れない。歸りの夜道がやけに寒くて凍へる。何でも明日は雪になるさうな。
野暮用で家人と共に神奈川の叔母と面會。加入したゐた保險を解約したいのだが遣り方が判らず、ほとほと弱り切つてゐるのだといふ。先日から何度か電話で要領を説明するも埒が明かず、直に話す事にした。久し振りに再會したら流石に歳を召した樣子。そりやさうだ、甥の小生が還暦を迎へるのだから。叔母が持參した書類はさして難しいもので無かつたが、年寄り獨りでは記入出來ず二進も三進も行かなかつたのは是非も無い。書類をポストに投函し、遲い晝食を攝りつゝ雜談。半世紀も前の昔話に花を咲かせた。家人の前で「信ちやん」と頻りに連呼され些か當惑する。彼女の目から見れば小生は何時迄經つても半ズボンを穿いた小學生の儘なのだ。
今日も昨日と同樣ずつと活字とキーボードを相手に惡戰苦鬪してゐた。なので今は炬燵に潜つて紅茶を呑みながらほつと一息ついてゐる處。一昨日ふと聽き返して改めて秀逸さに感じ入つたモリス=ボルコム夫妻の共演盤をもう一枚。一昨日に引き續き、またもや
アーヴィング・バーリンの歌曲撰輯だ。
"The Girl on the Magazine Cover: Songs of Irving Berlin"
01. Always
02. The Girl on the Magazine Cover
03. That Mysterious Rag
04. All Alone
05. Oh, How I Hate to Get Up in the Morning
06. Supper Time
07. White Christmas
08. Pack Up Your Sins and Go to the Devil
09. Not For All the Rice in China
10. Cheek to Cheek
11. Let’s Have Another Cup of Coffee
12. It's a Lovely Day Tomorrow
13. What'll I Do*
14. Isn't It a Lovely Day*
Joan Morris, vocal
William Bolcom, pianoJune, 1978, CBS 30th Street Studios, NYC
RCA Victor 3704-2-RG (1979/ 1988)
昨日のドーン・アップショーの委曲を盡くした歌唱と較べると、ジョーン・モリスの聲はひたすら平明率直で、精妙なニュアンスを缺く嫌ひもあるのだが、其の代はり何とも云へぬ愛嬌と人間味があつて、愛さずにはゐられない。本アルバムはほゞ同時期に出たガーシュウィン・アルバムと共に、鴛鴦夫婦ジョーン&ウィリアムの初期の共演盤だつたと記憶する。今宵久し振りに聽くCDではLP時代には割愛された未發表の二曲(*印)が追加されたのが難有い。
(まだ聽きかけ)
昨日とは打つて變はつてうそ寒い日だつたので殆ど外出もせずにデスクワーク。遺された資料を前にして智慧を絞つて推理してゐたら一日があつと云ふ間に過ぎた。必死になつて集中したので腦味噌が萎んで仕舞つてもう何も考へられない。だから重たく難解な音樂はご勘辯を。
"Dawn Upshaw sings Vernon Duke"
01. Round About (Ogden Nash, "Sweet Bye and Bye")
02. Born Too Late (Ogden Nash, "The Littlest Revue")
03. The Love I Long For (Howard Dietz, "Sadie Thompson")
04. Autumn in New York (Vernon Duke, "Thumbs Up")
05. The Sea-Gull and the Ea-Gull (O. Nash, "Sweet Bye and Bye")
06. Remember or Forget (Hamilton Aïdé, Five Victorian Songs)
07. Not a Care in the World (John Latouche, "Banjo Eyes")
08. Words Without Music (Ira Gershwin, "Ziegfeld Follies of 1936")
09. Swattin' the Fly (Howard Dietz, "Dancing in the Streets")
10. April in Paris (E. Y. Harburg, "Walk a Little Faster")
11. I Like the Likes of You (E. Y. Harburg, "Ziegfeld Follies of 1934")
Dawn Upshaw, Soprano
Eric Stern, conductor
Fred Hersch, piano
John Pizzarelli, vocals, guitarMarch, 1998, The Hit Factory, New York City
Nonesuch 7559-79531-2 (1999)
ヴァーノン・デュークこそ奇妙な經歴の人物だ。本名をヴラヂーミル・ドゥケリスキー Владимир Александрович Дукельский と云ひ、キエフ音樂院でグリエールに學んだ。露西亞革命後は亡命の道を選ぶが、巴里でヂアギレフに見出され二十一歳の若さで自作《ゼフュロスとフローラ》がバレエ・リュスの舞臺に掛かる榮譽に浴し、大物指揮者クーセヴィツキーは第一交響曲に賞讃を惜しまなかつた。同じくグリエール門下だつた先輩プロコフィエフとは昵懇の間柄で繁く文通を續けてゐる。
奇妙な經歴どころか實に目覺ましくも赫々たるキャリアと云ふべきだが、不可思議なのは其れから後のドゥケリスキーの身の振り方だ。
(まだ聽きかけ)
やけに暖かいと思つたら日中は攝氏十六度もあつたさうな。春のやうな陽氣に心も和む一日。デスクワークも彈みがついて何時に無く捗る。環境に影響され易い體質なのだ。浮き立つ氣分に乘つて
アーヴィング・バーリンのソング輯でも聽かうか。
"Blue Skies: Songs by Irving Berlin"
01. Remember
02. That Mesmerizing Mendelssohn Tune
03. Blue Skies (originally interpolated into Richard Rodgers' "Betsy")
04. Call Me Up Some Rainy Afternoon
05. Russian Lullaby
06. I Love a Piano (from "Stop! Look! Listen!")
07. You'd Be Surprised (from "Ziegfeld Follies of 1919")
08. Say It Isn't So
09. Let Yourself Go (from "Follow the Fleet")
10. Lazy
11. At The Devil's Ball [final version]
12. Falling Out Of Love Can Be Fun (from "Miss Liberty")
13. What'll I Do?
14. Manhattan Madness (from "Face the Music")
15. Let's Face the Music and Dance (from "Follow the Fleet")
16. The Song Is Ended
17. Let Me Sing and I'm Happy (from "Mammy")
メゾソプラノ/ジョーン・モリス Joan Morris
洋琴/ウィリアム・ボルコム William Bolcom1985年6月、紐育、亞米利加文藝硏究翰林院
Electra Nonesuch 9 79120-2 (1990)
久し振りに耳にする
ジョーン・モリス。もう話題にする人も稀だらうが、彼女の唄ふ英語のキャバレー・ソングには格別の味わひがあつて、小生は時に其の声が無性に聽きたくなる。正統的な聲樂敎育を受けた人には違ひ無いのだが、彼女の歌唱は徒にクラシカルな發聲法に走らず、精確で知的な歌ひ方なのに氣取つた厭味がまるで無い。ガーシュウィンやポーターのやうな凝つた書法と異なる、率直で流麗なアーヴィング・バーリンのソングに、ジョーン・モリスの歌はぴつたり嵌る。
云ひ忘れてゐたが、彼女の總てのアルバムで伴奏を務めるのは實生活でのパートナーでもある作曲家
ウィリアム・ボルコム其の人なのだ。彼もまたダリュス・ミヨーの愛弟子ながら、ラグタイムを自らの音樂の根幹に据へたユニークな作曲を心掛け、彼女の爲にキャバレー・ソングを數多く書いてゐる。夫唱婦随ならぬ婦唱夫随の鴛鴦夫婦なのだ。洋琴の偉く達者な人でもある。
今宵ひときは心躍るのは矢張りバーリンがアステーア&ロヂャースの爲に書き下ろしたミュージカル映畫《
艦隊を追つて》からの二曲、「思ひのまゝに Let Yourself Go」と「歌に合せて踊らうよ Let's Face the Music and Dance」なのだ。
昨日と同じく封切時の
清水俊二に據る譯詞を掲げておく。
歌に合せて踊らうよ
苦勞あるとて 月のある間は
愛人(きみ)と二人 唄へや踊れ
鳴るヴァヰオリン 流れゆくメロディ
踊れるうちに 唄へや踊れ
月も隠れて 淋しさせまれば
涙も出よう 月のある間に
愛人と二人 唄へや踊れ
唄へや踊れ──『映画之友』昭和十一年八月號附録、「映画主題歌樂譜」No.21
今日は露西亞語と取り組んで青息吐息。佛蘭西語だつて辛いのだが、こちらはまるで齒が立たない。辭書と首つぴきで必死になつて悪戰苦鬪しても半日で僅か數行しか進まない。いやはや此れでは暗號解讀の方が余程ましなのではないか。
(承前)
ちよつと息抜きして遠い昔に逃避。昨日の記事で紹介したアステーア=ロヂャースのミュージカル映畫《有頂天時代》主題歌樂譜輯に於ける "A Fine Romance" 譯詞が餘りにも拙劣だつたので、あれと相前後して出たもう一つ別の譯詞を引く事にする。譯者は誰あらう、斯界の大立者にして當代随一の米國藝能通の
清水俊二。彼は何とアステア姉弟の最后の共演ミュージカル《バンド・ワゴン》をブロードウェイの生の舞臺で觀たといふ果報者なのである。
結構な戀よ!
酷いわ あのひと
接吻(キッス)もしないのよ
甘い言葉も最初だけ
今ぢや冷たい他處のひと
妾(わたし)を抱いても
くれないんだもの
諦めてゐるけれど
泣けて 泣けて
泣けちやふのよ
憎いわ あのひと
昔を忘れて
お魚よりも冷たいわ
感情なんかないんだわ
ものも云はない
喧嘩もしないのよ
諦めてゐるけれど
泣けて 泣けて
泣けちやふのよ──『映画之友』昭和十二年一月號附録、「映画主題歌樂譜」No.26こちらは一番も二番も女聲に歌はせる設定。原詞の二人の掛け合ひの妙は捨て、專らジンジャー・ロヂャースの獨白として譯してゐる。
しかも詞の随處に出る "A fine romance" を敢へて譯さず、例へば冒頭の
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this isを思ひ切つて意譯してゐる。
酷いわ あのひと
接吻(キッス)もしないのよ清水にはドロシー・フィールズの詞の仕掛や言葉遊びの面白さは十全に理解できたらうが、さうした彼を以てしても其の機微を日本語に移す事は至難の業だつたらしく、原詞にある巧妙な一節、
We should be like a couple of hot tomatoes
But you're as cold as yesterday's mashed potatoesを「お魚よりも冷たいわ」と極く手短に要約し、
A fine romance, you won't nestle
A fine romance, you won't wrestleを「妾を抱いても/くれないんだもの」「ものも云はない/喧嘩もしないのよ」に漠然と反映させるのがやつとだつた。
しかもリフレインはぐつと相好を崩して「諦めてゐるけれど/泣けて 泣けて/泣けちやふのよ」と、此れではまるでお座敷で口ずさむ小唄である。
(まだ書きかけ)
ミーティングが終はつて解放されたら四時を回つてゐた。展覧會を觀るには時間が足りないし歸宅するにはまだ早い氣がしたので、思ひ切つて竹橋から神保町を経てお茶の水迄の道のりを散歩がてら歩く事にした。道中ざつと一時間。何やら空模樣が怪しかつたのだが、幸ひ降られずに濟んだ。
神保町では久し振りに古本屋を冷やかし、映畫《
有頂天時代》の收録曲を蒐めた古い樂譜を發掘する。昭和十一(1936)年末の刊行とあるから戰前の封切時に便乘して出たものだ(東京音樂書院刊)。表紙にASTAIRE ROGERS SWING TIME とあり、两人の顔が大きく描かれてゐるが、餘り似てゐないのは御愛嬌。譯詞者は入江靜雄とあり、いさゝか珍妙な歌詞が載つてゐて可笑しい。例へばこんな風だ。
結構なローマンス
彼──
素敵なロマンスだよ、
素敵なものだよ、
僕はあつくなりたいんだが
君は冷たくて語せない
素敵なロマンスだよ、
素敵なものだよ、
あまい言葉も語らぬ
冷たい君、つまらぬ僕。
彼女──
素敵なロマンスなの、
素敵なものなの、
貴方はあざらしの樣、
朝から晩まで座りきり、
素敵なロマンスなの
素敵なものなの
朝から晩まで
優しい言葉も語らぬ
冷たい人、淋しいあたし。
A Fine Romance
[Girl]
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this is
We should be like a couple of hot tomatoes
But you're as cold as yesterday's mashed potatoes
A fine romance, you won't nestle
A fine romance, you won't wrestle
I might as well play bridge
With my old maid aunt
I haven't got a chance
This is a fine romance
[Guy]
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this is
We two should be like clams in a dish of chowder
But we just fizz like parts of a Seidlitz powder
Yes, a fine romance, with no glitches
A fine romance, with no bitches
You're just as hard to land as the 'Isle de France'
I haven't got a chance
This is a fine romance一番と二番で「彼」と「彼女」の順番を入れ替へたのがまづ解せないが、何より原詞(
ドロシー・フィールズ作)の輕口のやうに愉快で瀟洒な味わひがまるで日本語に移せてゐないのに失望する。入江靜雄は當時かなり手廣くジャズ・ソングの譯詞を手掛けてゐた人らしいが、脚韻を踏みつゝ地口や語呂合はせで冗談めかして戀を語るといふ藝當はとても譯者の手には餘つたのであろう。まあ無理も無いが。
(明日に續く)
上京して今日も佛蘭西語の勉强會。充實した午后を過ごした後、疲れ切つた心身を癒すべく久々に中古音盤店に立ち寄る。何氣無く棚に目を遣るとドビュッシー洋琴曲全集の四枚組が千円といふ嘘のやうな安價で出てゐる。半世紀以上も前のモノーラル録音、しかも洋琴家の名にはまるで見覺へがないので逡巡するが、えゝい、まゝよと手に取つた。歸宅して少し聽き始めたら何れも凄い名演なのに驚愕。ちよつと震へが來た。奏者の名を Albert Ferber と云ふ(何と發音するのやら…)。だが今夜はもう遅い。いづれ詳しい紹介は後日のお樂しみとしよう。ではお休みなさい。
今日も相變はらず地道に佛蘭西語と取り組む。歩みは遅いが幾らかは前進してゐる積り。何とか這つてでも目的地に辿り着きたいものだ。とはいへ夜更けて草臥れたので一息つかうか。もう永らく聽いてゐない秘藏のドビュッシー管絃樂曲撰輯を棚の奧から捜し出して來た。
"L'Oeuvre du XXe siècle: Claude Debussy"
ドビュッシー:
海
カンマ (ケックラン編)
遊戯
エルネスト・ブール指揮
バーデン=バーデン南西獨逸交響樂團1968年12月11~12日、1987年2月24~26日、1984年2月7日、
バーデン=バーデン、南西獨逸放送局、ハンス=ロスバウト=スタジオ
エルネスト・ブール Ernest Bour (1913~2001)の名に聞き覺へのあるといふ人は尠からう。生粋の佛蘭西人だがハンス・ロスバウトの後任として永くバーデン=バーデンの南西獨逸放送局のオーケストラを指揮し、專ら20世紀音樂を得意とした。LP時代に殆ど録音の無かつた關係で、我が國では一部の現代音樂愛好者を除いては其の存在が殆ど知られずに終つたと思ふ。
(まだ聽きかけ)