八月の最後を見送る歌
「海の絵」CDディスコグラフィ
銷夏法としての音楽~エルガーの巻
アルトマンはアルトマンだった!
Lullaby, oh lullaby!
久方ぶりのクルト・ワイル
「夏の夜」聴き較べ
マイケル・ファインスタインを聴ける幸せ
それでもアルトマンを追悼したい
8月25日に聴くバッハ
Summertime,
And the livin' is easy
Fish are jumpin'
And the cotton is high
Your daddy's rich
And your mamma's good lookin'
So hush little baby
Don't you cry言わずと知れた「サマータイム」の冒頭の一節である。夏を謡った歌、夏をしのぐための音楽、夏の夕に口ずさむ子守唄、といえば、真っ先にこれを挙げねばなるまい。八月も最終日になって、ようやくこの名曲のことを思い出した次第。あまりの暑さに、よほど頭がぼうっとしていたに違いない。
石川セリで始まった今年の夏をガーシュウィンで締め括るのも悪くはあるまい。
若い頃、ガーシュウィンの音楽がどうしても好きになれなかった。名のみ高い「ラプソディ・イン・ブルー」や「パリのアメリカ人」など、品のないオーケストレーションに辟易し、どこが良いんだかサッパリわからない、つくづく陳腐でチープな楽曲だなあ、と思うばかりであった。
ところが、である。
大学を辞めて東京・阿佐ヶ谷で暮らし始めた頃、隣町の荻窪のライヴスポット「ロフト」で、夜な夜な暇つぶしをしていた。ほとんど仕事らしい仕事にも就かず、ポケットに銭はなく、その代わり時間だけはたっぷりあった。1975年か76年のことだ。
深夜なので、ショータイムはとっくに終わり、もっぱら誰かのリクエストによるLPレコードの演奏が延々とスピーカーから流れていた。大概は英米のロック、たまにジャズ・ヴォーカルが混じっていたと記憶する。ウィスキーの水割りをちびちび呑みながら煙草をくゆらせ、明け方の閉店時まで所在なく過ごす。腹が減ったら焼きうどんを注文する。
地を這うようなエレキギターのイントロが微かに聴こえてくる。低く、静かに、ブルージーなフレーズを執拗に繰り返す。いったい何が始まるというのか。禍々しい予兆に満ちた、ただならぬ雰囲気があたりに漂い出す。
(明日につづく)
CD Discography of "Sea Pictures" op.37 by Edward Elgar1.
Clara Butt
with orcheatra24 July 1912Pearl GEM 0086 (2000)
◆"Where Corals Lie" only.
2.
Clara Butt
Hamilton Harty: Orchestra16 September 1920Dutton-The Elgar Society CDAX 8020/ Nimbus NI 7912 (2003)
◆"Where Corals Lie" only.
3.
Leila Megane
Edward Elgar: Orchestra10 November 1922 & 8 January 1923Pearl GEMM CDS 9951-5
Music & Arts CD 1257 (2011)
◆作曲者の指揮による史上初の全曲録音(ようやく入手)。
4.
Muriel Brunskill
with orchestra3 & 15 November 1926Dutton-The Elgar Society CDAX 8020 (1998)
◆ 第二の全曲盤で、最初の電気吹き込み。
5.
Mary Jarred
Clarence Raybould: The BBC Orchestra, Section F20 July 1937 *live
The Elgar Society EECD 003/5 (2007)
◆"Sea Slumber Song, Sabbath Morning at Sea, The Swimmer" only. 奇蹟的に残されたラジオ放送のエアチェック録音。
6.
Gladys Ripley
George Weldon: The Philharmonia Orchestra1946Pearl GEMS 0128 (2001)
◆4.ののち二十年ぶりに録音された第三の全曲盤。エルガー歿後ではこれが初。
7.
Gladys Ripley
George Weldon: London Symphony Orchestra1954Somm Sommcd 073 (2008)
◆6.と同じ独唱者と指揮者を起用して再録音されたLP初の全曲盤。
8.
Eva Gustavson
Oyvind Berg: Oslo Radio Orchestra1964Cambria CD 1136 (2003)
◆"Where Corals Lie" and "Sabbath Morning at Sea" only.
9.
Janet Baker
Sir John Barbirolli: London Symphony Orchestra30 August 1965, No.1 Studio, Abbey Road, LondonEMI 5 56219 2 (1997)
◆隠れもない名盤。ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ協奏曲と組み合わされ、二人の新進演奏家を世界に知らしめた。
10.
Kirsten Meyer
Sir John Barbirolli: Halle Orchestra24 July 1970, St. Nicholas Chapel, King's Lynn Festival *live
Intaglio INCD 701-1 (1991)
◆バルビローリ最晩年、録音が残る最後の演奏会ライヴ。独唱はスウェーデンの高名なメゾ。
11.
Birgit Finnilä
Geoffrey Parsons=pf21 September 1975, Nacka Aula, SwedenBIS CD 127 (1995)
◆スウェーデンのコントラルトによる史上初のピアノ伴奏による全曲録音。
12.
Yvonne Minton
Daniel Barenboim: London Philharmonic Orchestra4 April 1976, Abbey Road Studio No.1, LondonSony SMK 58929 (1993)/ Sony SBK 63020 (1997)
◆ベイカー=バルビローリ盤の十一年後、アビー・ロードの同じスタジオで収録。
13.
Larisa Avdeeva
Evgeny Svetlanov: USSR State Symphony Orchestra11 April 1977, Grand Hall of the Moscow State Conservatoire *live
Scribendum SC 032 (2003)
◆ロシア語の歌唱に吃驚。異色ながら懐の深い名演。併録は第二交響曲。
14.
Janet Baker
Lorin Maazel: Philharmonia Orchestra20 November 1979, Location unknown *live
World Music Express WME-S/M-CDR 1233 (CD-R, 2008)
◆非公式にディスク化されたジャネット・ベイカーの実況録音。マゼール指揮も初。
15.
Bernadette Greevy
Vernon Handley: London Philharmonic Orchestra4 & 5 February 1981, Watford Town HallEMI Classics for Pleasure 5 75306 2 (2002)
◆EMI が久しぶりに企てた新録音だが、いささか地味な演奏。
16.
Janet Baker
James Loughran: BBC Symphony Orchestra9 September 1982, Royal Albert Hall, London *live
BBC Radio Classics 15656 91672 (1996)
◆四種類あるジャネット・ベイカーのライヴの二番目のもの。「プロムス」実況。
17.
Margreta Elkins
Werner Andreas Albert: Queensland Symphony OrchestraAugust 1983, Studios of the ABC, BrisbaneABC 461 922-2 (2001)
◆コヴェントガーデンで活躍した豪州のメゾ、エルキンズの放送録音。
18.
Janet Baker
Vernon Handley: London Philharmonic Orchestra23 February 1984, Royal Festival Hall, London *live
London Philharmonic Orchestra LPO 0016-0020 5 (2007)
◆新発見のベイカー=ハンドリー実況。エルガー生誕百五十年記念五枚組所収。
19.
Janet Baker
Sir Georg Solti: Chicago Symphony Orchestra3 May 1984, Chicago *live
Ponto PO 1054 (2006)
◆貴重なベイカー=ショルティの共演だが、残念ながら録音が劣悪。
20.
Felicity Palmer
Richard Hickox: London Symphony Orchestra11 & 12 May 1986, Watford Town HallEMI CDM 5 65126 2 (1995)/ Virgin 5 62426 2 (2004)
◆同じセッションで「ミュージック・メイカーズ」も録音された。
21.
Maureen Forrester
Richard Hoenich: McGill Symphony Orchestra1986, Pollack Concert Hall, McGill University, CanadaMcGill 750 028-2 (1988)
◆カナダの名コントラルト、フォレスター唯一の「海の絵」。知られざる至高の名盤である。併録はカナダ人 Steven と Forsyth の歌曲集。
22.
Birgitta Svenden
John Carewe: Orchestre Philharmonique de NiceJuly/ November 1990, Salle Diacosmie, NiceForlane UCD 16642 (1991)
◆歌手はスウェーデン、指揮者はイギリス、楽団はフランスと国際的な演奏。フィルアップは珍しくもマーラーとツェムリンスキー。
23.
Linda Finnie
Bryden Thomson: London Philharmonic Orchestra8 & 9 April 1991, St. Jude's Church, LondonChandos CHAN 9022 (1992)
◆フィルアップはここでも「ミュージック・メイカーズ」。
24.
Rosemarie Lang
Hans-Peter Frank: Helsingborgs Symfoniorkester30 & 31 August, 2 & 3 September 1991, Helsingborgs KonserthusBIS CD 530 (1991)
◆独唱者と指揮者はドイツ、オーケストラはスウェーデン。ワーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集」、Nystroem 「海の歌」を併録。
25.
Della Jones
Sir Charles Mackerras: Royal Philharmonic Orchestra15 & 16 March 1993, Walthamstow Assembly Hall, LondonArgo 443 321-2 (1994)/ Decca 452 324-2 (1997)
◆独唱者はウェールズ出身、欧州各地の歌劇場で活躍する人気歌手。
26.
Jard van Nes
Evgeny Svetlanov: het Residentie Orkest10 & 11 November 1993, Dr Anton Philipszaal, den Haag *live
Residentie Orkest RO 94-1 (1994)
◆スヴェトラーノフがオランダのデン・ハークで催した演奏会実況。グラズノーフ、エルガー、ドビュッシーと「海」尽くしの選曲が心憎い。
27.
Jan Wilson
Nicholas Palmer: Altoona Symphony Orchestra22 February 1997, Altoona *live
Altoona Symphony Orchestra [No number] (1997)
◆ペンシルヴェニアの田舎町に八十年も続く楽団による自主制作実況盤。録音も演奏もお粗末だが、歌唱は悪くない。併録はカリンニコフの第二交響曲(!)。
28.
Claire-Louise Lucas
Jonathan Darnborough=piano2-5 April 2002, St. Bartholomew's, BrightonClaudio CB 5258-2 (2002)
◆ピアノ伴奏による全曲盤。いささか線は細いものの、透明な声が好もしい。
29.
Elizabeth Campbell
Nicholas Braithwaite: Adelaide Symphony Orchestra26-29 November 2002, Adelaide Town HallABC 476 7966 (2005)
◆豪州勢(ただし指揮者は英人)による久々の録音。併録はチェロ協奏曲、「王国」前奏曲。
30.
Catherine Wyn-Rogers
Sir Andrew Davis: BBC Symphony Orchestra30 July 2003, Royal Albert Hall, London *live
Warner Classics 2564 61550-2 (2004)
◆エリザベス女王臨席の「プロムス」実況。同日のウォルトン、ブリテン、バックスも収録。
31.
Sarah Connolly
Simon Wright: Bournemouth Symphony Orchestra7 & 8 January 2006, The Concert Hall, Lighthouse, PooleNaxos 8.557710 (2006)
◆廉価盤ながら侮れない名演奏。併録は「ミュージック・メイカーズ」。
32.
Marci Meth
Mami Kino=piano16 & 17 January 2007, Mitaka City Arts Center, TokyoLive Notes WWCC 7553 (2007)
◆"Sea Slumber-Song" only.
33.
Amanda Pitt
David Owen Norris=piano14-16 February 2007, The Cobbe Collection, Hatchlands, EnglandAvie AV 2129 (2007)
◆エルガー旧蔵のピアノ(1844)を伴奏に用い、作曲時の原譜(ソプラノ用)により蘇演したもの。フォルテピアノふうの古風な音色が床しい。
34.
Konrad Jarnot (baritone)
Reinild Mees=pianoSeptember 2007, Muziekcentrum Frits Philips, EindhovenChannel Classics CCS SA 27507 (2007)
◆「エルガー歌曲全集」第一巻所収。史上初のバリトン歌唱による『海の絵』全曲録音。ピアノ伴奏。
35.
Kenichi Mizukoshi (MIDI sequenced by)2008No number (CD-R, 2008)
◆"In Haven" only. エルガー研究家として知られる水越健一氏による MIDI 演奏による編曲版。このほかニ十八もの稀少なフッテージを収録。著作『愛の音楽家 エドワード・エルガー』(日本エルガー協会)附録。
36.
Roderick Williams (baritone)
Martin Yates: BBC Concert Orchestra6-7 October & 10 November 2009,
The Colosseum, Town Hall, WatfordDutton CDLX 7243 (2010)
◆バリトン歌唱による管弦楽伴奏版『海の絵』初録音。ほかにエルガーの初録音作品のほか、アイヴァー・ガーニー、マイケル・ハードの管弦楽伴奏歌曲を併録。
[Modified on 16 July 2010, 2 June and 30 November 2012.]
さしもの猛暑にも翳りがみえてきた。もう「夏をしのぐ音楽」でもあるまい、という気もするが、いつなんどき暑さのぶり返しがあるかもわからないので、もう少し続けよう。
ロパルツ、ディーリアス、ダンディ、ベルリオーズと辿ってきて、そうだ、肝腎の曲を出し忘れていたことに思い当たった。
エドワード・エルガーの歌曲集『海の絵 Sea Pictures』(1899)がそれである。
エルガーといえば行進曲「威風堂々」、あるいは「愛の挨拶」ばかり人口に膾炙してしまったが、二曲ある交響曲も渋いけれど聴き応え充分だし、弦楽合奏のための「序奏とアレグロ」や「セレナード」なども甘美な名曲だ。チェロ協奏曲はシューマンやドヴォルザークに並ぶ傑作の誉れが高いし、ヴァイオリン協奏曲だって悪くない。
いやいや、エルガーの真髄は大掛かりな合唱曲にこそ存する、という意見もあるのだが、それは多分に英国人ならではの見解であって、小生の耳にはそれらはいささか重苦しく聴こえる。
同じエルガーの声楽曲を聴くのなら、断然この歌曲集『海の絵』がお勧めである。英国同様、四方を海に囲まれた島国の住人ならば、この小さな楽曲のなかに、懐かしい潮騒の響きと浜風の薫りを感じとって、ふうっと心なごむこと必定なのである。
多くの音楽好きがこの歌曲集の存在を知ったのは、ジャネット・ベイカーが歌い、ジョン・バルビローリが伴奏指揮を務めた演奏を通してであった。小生の場合はといえば、その初出LPとリアルタイムで遭遇した世代である。ジャクリーヌ・デュ・プレ(芳紀十八歳!)が奏するエルガーのチェロ協奏曲がアルバムのA面を占め、ベイカーの『海の絵』はB面でその後塵を拝するという按配。日本盤の発売は英国に一年遅れをとって1966年の8月だった(エンジェル AA-7617)。
もっとも、当時わが国では英国音楽の愛好者は数百人いるかいないかの段階だったろうから、このLPはまるきり話題にならなかったと思う。それが証拠に、この日本盤を中古で捜そうとするとえらく難渋する。小生は三十年も探し続けて、ようやく一枚手にすることができた次第だ。
閑話休題。何はともあれ、この日本盤が出てから四十年が経過し、その間にわが『海の絵』もじわじわと浸透し、少しは認知されるようになった。ごく稀にだが実演で聴く機会にも恵まれた。
先ほど書庫から懐かしいこのLPを引っ張り出してきたので、佐藤章さんの楽曲解説を少しだけ書き写させていただこう。
歌曲はエルガーの作曲表の中でとくに重要な部分を占めるものではありません。それどころかエルガーが歌曲作曲家としては決して一流の存在ではなかったことは一般に認められている事実です。しかしアルトと管弦楽のための5つの曲からなる "海の絵" は例外で、この分野におけるエルガーの最も傑出した所産ということが出来ましょう。
"海の絵" はエルガーが42才の1899年7月の作品で、同年10月5日ノリッジ音楽祭でクララ・バットを独唱者として作曲者自身の指揮で初演されました。"エニグマ変奏曲" とほぼ同じ頃、充実した創作活動の時期の作品です。エルガーはここで詩の言葉がもつ韻律やアクセントよりも、それぞれの詩の精神に深く沈潜し、詩の雰囲気を見事に音楽に表現しました。…まさにそのとおり、エルガーはほかにろくな歌曲を残しておらず、この歌曲集『海の絵』は彼の作品表のなかで「最も傑出した所産」として、飛び抜けた存在なのである。
高校生のとき、たまたまラジオから流れてきたこの曲の演奏(出たばかりだった上述のジャネット・ベイカー独唱盤LP)に魅せられ、例に拠って上野の東京文化会館の資料室でこれを試聴し、全歌詞をノートに書き写した。独仏の芸術歌曲と違って、歌詞が英語というのが嬉しかったし、第一この歌曲集が採り上げている詩は、田舎の高校生にも理解できる程度に平易な英語で綴られていた。
今にして思えば、テクストはどれも平凡な出来で、正直なところ、どこがどうという内容ではない。ところが、ひとたびエルガーがこの五つの詩に付曲し、精妙なオーケストレイションを施すや、そこに魔法のような力がはたらいて、眼前にはたちどころに穏やかな海景がひろがり、寄せては返す波音と潮の香りがあたり一面にたちこめる。イギリス人なら誰もが肌で感じている海への憧れや親近感を、なんの屈託や衒いもなく率直に謳い上げたという点で、この歌曲集にはかけがえのない値打ちがある。小生はずっとそう信じ、愛し続けてきた。
1. 海の子守唄 Sea Slumber-Song 詩/ローデン・ノエル
2. 港で (カプリ) In Haven (Capri) 詩/キャロライン・アリス・エルガー(夫人)
3. 安息日の海の朝 Sabbath Morning at Sea 詩/ブラウニング夫人
4. 珊瑚礁のあるところ Where Corals Lie 詩/リチャード・ガーネット
5. 泳ぐ人 The Swimmer 詩/アダム・リンジー・ゴードン
まずは試みに第一曲の「海の子守唄」を聴いてごらんになるがいい。
Sea-birds are asleep,
The world forgets to weep,
Sea murmurs her soft slumber-song
On the shadowy sand
Of this elfin land;
I, the Mother mild,
Hush thee, oh my child,
Forget the voices wild!
Hush thee, oh my child,
Hush thee.ほらね、まるきり辞書要らずでしょう? ちなみに elfin は「妖精」です。
(まだ書きかけ)
今宵、意を決して飯田橋のギンレイホールで『今宵、フィッツジェラルド劇場で』を観た。これがロバート・アルトマンの遺作であるという感慨を抜きに観ることはもはや不可能だが、そうした積年の想いを抜きにしても、これは凄いフィルムだ。
『プレタポルテ』(1994)以降の作品を見逃しているので、アルトマンの晩年の軌跡を辿り直すことができないのが残念だが、小生の知る限りでは、この作品は間違いなく『ナッシュビル』(1975)によく似ている。いや、正確に言うならば、アルトマン以外のどんな監督の映画にもこれと類似したフィルムは思い当たらず、似通った作品を探すと、結局『ナッシュビル』に行きついてしまうのだ。プロットらしいプロットもなく、大勢の登場人物がひたすら歌い、しゃべり、泣き笑いする。それでいて、これこそ映画なのだ、という悦ばしい確信がむくむくと湧き上がってくる。
心臓移植後のアルトマンは常に健康に問題を抱えており、白血病も患っていたというから、本作を撮りながら、これがひょっとして遺作になるかも…という予感が監督にあったことは否定できないだろう。死神=死の天使とおぼしき女性が重要な役どころで登場し、「老人の死は悲劇じゃない」などという台詞を吐く。いささかアルトマンらしからぬ設定で、ドキっとさせられるし、違和感は拭えない。とはいえ、最終的に死の悲しみは乗り越えられ、すべては唄と笑いで締め括られるのであるが…。
三十年続いたラジオ番組がついに最終回を迎え、その公開放送のため常連のカントリー歌手たちが「フィッツジェラルド劇場」に集い、賑やかに歌い、想い出を語らう──というのがこの映画の大枠の物語。誰もが少しばかりしんみりしつつも、徒に悲壮ぶる者はおらず、いつものように無駄話に興じ、ふざけあい、洒落のめし、笑い飛ばそうとする。「泣くのは嫌だ、笑っちゃおう」というわけだ。このどこまでも陽気で融通無碍でノンシャランな雰囲気こそ、『ナッシュビル』の、『ウエディング』の、『ビッグ・アメリカン』の世界に直結する。アルトマンはやっぱりアルトマンなのだ。
登場する歌手たち、裏方たちの表情が実にいい。とても演技とは思えない自然さ、誰もが素のままをキャメラに晒しているようにしか見えない。いかにもアルトマン好みの女優リリー・トムリンと、どうにも非アルトマン的な存在のはずのメリル・ストリープとが、こともあろうにカントリー歌手姉妹に扮し、いともたやすく作中人物になりおおせてしまう。なんとも奇蹟的な光景である。
今日はこれくらいにしておこう。かつて一度でもアルトマン映画に心揺さぶられた人なら、是非ともこの映画を観に足を運ぶべきである。そして心のなかで、このタフで図太く、繊細で心優しい監督に、感謝の念をこめて別れの挨拶をしよう。あくまでも、さりげなく、ノンシャランに。
先日たまたま御茶ノ水の中古レコード店で見つけた芸術歌曲としての子守唄ばかり集めたCDがえらく気に入って、繰り返しかけている。
世界各国(といっても英米が大半だが)のララバイやクレイドル・ソングやベルスーズを二十五曲たて続けに聴くわけだが、どの曲も平明で穏やか(まあ当然ですね)、一分からせいぜい三分ほどの小曲なので、苦にもならぬし退屈でもない。それにこのディスク、選曲がたいそう好もしいのだ。
01. コープランド: 子馬たち
02. アイヴズ: 子守唄
03. ブリテン: クッションが縫えるかい?
04. アイヴァー・ガーニー: 子守唄
05. ジャン・ユボー: 子守唄*
06. バーバー: 聖女イタの幻視
07. ディーリアス: 子守唄
08. シリル・スコット: 子守唄
09. モンポウ: 揺籠の歌*
10. ガーニー: 眠り
11. ヴォーン・ウィリアムズ: 子守唄
12. ハミルトン・ハーティ: 子守唄
13. セメン・バルモティン: 子守唄*
14. ウォーロック: お休み、可愛いニンフ
15. ウォーロック: 子守唄
16. ラヴェル: フォーレの名に拠る子守唄*
17. ディーリアス: モダンな赤ん坊への子守唄
18. バーバー: 聖母の子守唄
19. スタンフォード: 黄金の子守唄
20. ネッド・ローレム: 子守唄
21. フィンジ: ララバイ、おお、ララバイ!
22. シベリウス: 子守唄*
23. ウォーロック: 眠り
24. リャプーノフ: 子守唄*
25. エルガー: 海の子守唄タイトルは、フィンジの曲名をそのまま採って『Lullaby, oh lullaby! ララバイ オー ララバイ』という。米人ソプラノ歌手マーシー・メス Marci Meth が友人のピアニスト木野真美と共演したアルバムである(ライヴノーツ WWCC 7553)。この六月に出たばかりの新作だという。今年の一月、東京の三鷹で収録された由。
子守唄ばかり集めるという趣向はこれまでに例がないわけではないが、すでに述べたように、本アルバムは選曲のセンスが断然光っている。有名無名を問わず、集められた歌がいずれも珠玉の名品揃いに思えてきて、どれを紹介したらよいか迷ってしまうほど。とにかく一聴をお奨めしたい。標題になったフィンジも、シリル・スコットも、ディーリアスの二曲も、ウォーロックの三曲も、つくづく美しい曲なのである。思わず溜息が出るほどに。
透明な声と玲瓏なピアノが素晴らしく調和して、夢見心地へといざなう。ところどころに嵌め込まれたピアノ独奏曲(* 印)も、こよなくいとおしく、絶妙な間奏曲の役割を果たしている。
ひとつだけこのアルバムの欠点を挙げつらうならば、あまりの心地よさについつい眠りに就いてしまい、最後の曲である鍾愛のエルガー「海の子守唄」までなかなか辿りつけないこと、かな。
先日、新宿のタワーレコードを覗いたとき、こんな新譜を手にした。
いやなに、新譜といったって、中身は最新のものでも五十年、旧い音源は八十年近く経っている。クルト・ワイルを同時代者の演奏で辿るという、これまでにも何度も同種の盤にお目にかかった企画物だが、新味がなきにしもあらずなので紹介しておこう。いや、実際に聴き出すと面白くてやめられないのだ、これが。
まずは曲目/演奏者/録音年代・場所を列記しよう。
01. メッキー・メッサーのモリタート
/ベルトルト・ブレヒト、テオ・マッケーベン楽団/1929、ベルリン
02. ビルバオ・ソング
/ロッテ・レーニャ、テオ・マッケーベン楽団/1929、ベルリン
03. 人間の努力の空しさについてのバラード
/ベルトルト・ブレヒト、テオ・マッケーベン楽団/1929、ベルリン
04. アラバマ・ソング
/ロッテ・レーニャ & スリー・アドミラルズ/1930、ベルリン
05. スラバヤ・ジョニー
/ロッテ・レーニャ & クルト・ワイル=ピアノ/c.1942、ニューヨーク
06. あんたが寝床をつくるように (『マハゴニー市の興亡』より)
/ロッテ・レーニャ & クルト・ワイル=ピアノ/c.1942、ニューヨーク
07. セプテンバー・ソング
/ウォルター・ヒューストン、ヴィクター・ヤング指揮/1944、ロサンジェルス
/ウォルター・ヒューストン、モーリス・アブラヴァネル指揮/1938、ニューヨーク
08. マイ・シップ
/ガートルード・ローレンス、レナード・ジョイ指揮/1941、ニューヨーク
09. チャイコフスキー
/ダニー・ケイ、モーリス・アブラヴァネル指揮/1941、ニューヨーク
10. ジェニーのサガ
/ガートルード・ローレンス、レナード・ジョイ指揮/1941、ニューヨーク
11. ロスト・イン・ザ・スターズ
/ロッテ・レーニャ & クルト・ワイル=ピアノ/c.1942、ニューヨーク
12. ラヴァー・マン
/ロッテ・レーニャ & クルト・ワイル=ピアノ/c.1942、ニューヨーク
13. スピーク・ロウ
/クルト・ワイル=歌&ピアノ/c.1942、ニューヨーク
14. スピーク・ロウ
/メアリー・マーティン &ケニー・ベイカー、モーリス・アブラヴァネル指揮/1945、ニューヨーク
15. モデラート・アッサイ (『三文オペラ』より)
/ヤッシャ・ハイフェッツ=ヴァイオリン、イマニュエル・ベイ=ピアノ/1945、ニューヨーク
16. ムーン=フェイスト、スターリー=アイド (『ストリート・シーン』より)
/ジョニー・マーサー、ベニー・グッドマン楽団/1947、ハリウッド
17. ヒア・アイル・ステイ (『ラヴ・ライフ』より)
/バディ・クラーク、ミッチェル・エアズ楽団/1947、ニューヨーク
18. グリーン=アップ・タイム (『ラヴ・ライフ』より)
/グレタ・ケラー、サイ・ウォルター=ピアノ/1956、ニューヨーク
19.海賊ジェニー
/ロッテ・レーニャ、サミュエル・マトロフスキー指揮/1954、ニューヨーク
20. マック・ザ・ナイフ
/ルイ・アームストロング & ヒズ・オールスターズ/1955、ニューヨーク
Naxos Nostalgia 8.10831 (2007)ほとんど既知の音源ではあるけれど、さすがにこれだけ並ぶと壮観である。
(まだ書きかけ)
(21日のつづき)
暑さにかまけてエントリーがともすれば気紛れで散漫になって恥かしい。
夏をしのぐための音楽として、ベルリオーズの歌曲集「夏の夜」を採り上げながら、しばらく放置したままになっていた。
1. ヴィラネル Villanelle メゾソプラノまたはテノール
2. 薔薇の亡霊 Le Spectre de la rose コントラルト
3. 入江のほとり Sur les lagunes バリトン、コントラルトまたはメゾソプラノ
4. 君なくて Absence メゾソプラノまたはテノール
5. 墓地にて Au cimitière テノール
6. 未知の島 L'Ile inconnue メゾソプラノまたはテノール今日の常識からすると奇妙だが、歌曲集なのに一曲ごとに声域が異なり、歌い手が交代しながら唄うことを作曲者は想定していた、と前回はここまで書いたと思う。
先日、所用で新幹線で東京・名古屋を往還した際に、いろいろCDを持参して車中で聴き較べてみた。まず最初は、ベルリオーズの指示どおり実際に男女で歌い分けたディスクから。
ジョン・エリオット・ガーディナーがリヨン歌劇場のオーケストラを振った演奏だ(Erato 2292 45517 2)。
1. ヴィラネル Howard Crook=テノール
2. 薔薇の亡霊 Catherine Robbin=メゾソプラノ
3. 入江のほとり Gilles Cachemaille=バリトン
4. 君なくて Diane Montague=メゾソプラノ
5. 墓地にて Howard Crook=テノール
6. 未知の島 Diane Montague=メゾソプラノ
たしかにこれは説得力のある演奏だ。ご覧のとおり、二曲目がコントラルトでなくメゾで歌われるのを除けば、ことごとく作曲者の指定する声質の歌手が担当する。そのことで各曲ごとに描き分けられた「愛の諸相」がくっきりと浮かび上がる。反面、ひとりの歌手が通したときの充実感が失われるのは否めないが、オーケストレイションの細部まで目配りしたガーディナーの周到な指揮のお蔭で、ソング・サイクルとしての六曲の統一感にも欠けていない。これで伴奏がピリオド楽器だったらもっと面白い結果が将来されたに違いない。録音は1988-89年。
続いては全曲を男声で通したきわめて珍しい盤。名バリトン、ジョゼ・ヴァン・ダムがジャン=フィリップ・コラールのピアノ伴奏で歌っている(EMI CDC 7 49288 2)。録音は1987-88年。
先述のように、ゴーティエの原詩の「語り手」は概ね男性であるはずなので、こうして男声で押し通す手法も一理あるのである。とりわけ二曲目の「薔薇の亡霊」がそう。ここでは明らかに薔薇=男に擬されているわけで、説得力が増すのは必定だ。ヴァン・ダムの歌唱は非の打ち所がない。厳粛で深々とした味わいが尊い。伴奏ピアノは1841年の最初の版に従って奏されているようで、後年の管弦楽ヴァージョンの色彩感とは較ぶべくもないが、コラールは節度を弁えつつ健闘している。
そのあとは懐かしい演奏が続く。1970年前後、初めてこの歌曲集を知った頃、LPでしきりに聴いていた録音だ。いずれの盤も、女性歌手が単独で全曲を通すオーソドックスなスタイル。
エリナー・スティーバー=ソプラノ
ディミトリ・ミトロプロス指揮 コロンビア交響楽団 (1954録音、ニューヨーク)
Sony MHK 62356
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス=ソプラノ
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 (1955録音、ボストン)
Testament SBT 3203
レジーヌ・クレスパン=ソプラノ
エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 (1963録音、ジュネーヴ)
Decca 460 973-2
ジャネット・ベイカー=メゾソプラノ
ジョン・バルビローリ卿指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 (1967録音、ロンドン)
EMI CDM 7 69544 2
永年親しんできたので、どれにも想い出や思い入れがあって冷静に評するのは困難だが、いずれも歴史に残る演奏ではないだろうか。だいいち伴奏指揮者の顔ぶれが凄い。ただし、歌だけから判断するなら、クレスパンのオペラと見紛うほど劇的で巧緻な歌唱に圧倒されずにはおかない。つい先日、彼女の訃報が伝えられたばかりなので、感動もまた一入なのである。
これで終わらせたら老人の繰言めくので、最後に新世代の演奏もいくつか。
コレット・アリオ=リュガ(Colette Alliot-Lugaz)=ソプラノ
クロード・バルドン指揮 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団 (1988録音)
REM 311074
アンネ・ソフィー・フォン・オッター=メゾソプラノ
ジェイムズ・レヴァイン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1988録音)
Deutsche Grammophon 427 665-2
スーザン・グレアム=メゾソプラノ
ジョン・ネルソン指揮 ロンドン王立歌劇場管弦楽団 (1996録音)
Sony SK 62730
どれも悪くはない。欠点のない丁寧な歌唱である。
さすがにレヴァイン率いるベルリン・フィルの伴奏は驚くほど巧緻で雄弁。思わず聴き惚れる。この曲をベルリン・フィルが録音するのはこれが初めてかもしれない。それにしてはフォン・オッターの歌唱は優等生的に過ぎないか。まだ若かったのだろう、いかにも上面を撫でるだけで、曲の深みに届かないのがもどかしい。今現在の彼女がこれを歌ったらどんなだろうか。
この夏、ヴァカンスを過ごす友人たちからの便りが相次いだ。曰く、パリの石造りの街並がどれほど美しいか、曰く、水の都ヴェネツィアはいかに魅惑的か。亜細亜の片隅で酷暑に耐える小生には夢のまた夢、羨ましさの極みである。
だが、この暑苦しい極東の都だって捨てたもんじゃない。否、今夜の東京は最高だった。マイケル・ファインスタインの歌が間近に聴けてしまうのだから。ブルーノート東京での三日にわたる生演奏、今日はその第一夜なのだ。
マイケル・ファインスタイン Michael Feinstein という歌手をLPで初めて聴いたのは1987年のこと。アル・ハーシュフェルドの達者な線画で飾られたジャケットに惹かれて何気なく手に取った。NYのアルゴンクィン・ホテルでのライヴを収録した、えらく達者なヴォーカル・アルバムだったと記憶する。
アイラ・ガーシュウィンに才能を見出され、その年若い友人兼助手として六年間を過ごすという特権的な青春期を過ごしたファインスタインは、1990年代の前半、まだ存命中だった黄金期のソングライターたちと組んで、アンソロジー・アルバムをたて続けに制作した。「マイケル・ファインスタイン・シングズ」と銘打たれたバートン・レイン、ジュール・スタイン、ジェリー・ハーマン、ヒュー・マーティンらの「ソングブック」がそれである。これらの貴重な体験を通して、彼はティン・パン・アレー時代から脈々と受け継がれたアメリカン・ポップ・ソングの奥義を体得し、その正当な継承者をもって自他ともに任ずるようになった。
オリジナルなヒット曲のないファインスタインのような歌手は、日本ではどうしても見過ごされがちである。二十年に及ぶキャリアがありながら、これが初来日というのも、まあ、むべなるかな。亜米利加はやはり遠いのだ。
七時きっかりに颯爽と登場したファインスタインは、ウッドベースとドラムスを従え、自らピアノを弾きながら、まずガーシュウィン兄弟の "They All Laughed" と "I Got Rhythm" とをメドレーで唄って幕開けとした。そのあとは "My Romance..." で始まるロジャーズ&ハートの曲(題名失念)、そしてバートン・レインがジュディ・ガーランドの映画のため書いた "How About You"(『ブロードウェイ』1941)へと続く。このあたりで小生は早くもうっとり陶然となる。
ディスクでお馴染みの少しハスキーな声だが、想像していたのとは大違いで、力強く声量たっぷりの熱唱ぶりに驚かされる。ピアノに向かいながらも上半身は常に客席の方に向け、ショーマンシップを欠かさない。それが少しも厭味にならないのは、歌にも立居振舞にも節度と品格が備わっているからだろう。
続いては "Pig Foot Pete" という賑やかなブギウギやら、映画『追憶』でバーブラ・ストライザンドが歌った "The Way We Were"(1973)やら、コール・ポーターがアステア&パウエルのミュージカル映画のために書いた "I Concentrate on You"(『踊るニューヨーク』1939)やら、新旧とり混ぜた多彩な曲目に目が眩みそう。
極め付けのガーシュウィンでは、ヴァースからきちんと唄われた "'S Wonderful" が素晴らしく洒落ていたし、"Nice Work If You Can Get It" "Let's Call the Whole Thing Off" "Someone To Watch Over Me" "Love Is Here To Stay" を繋げたメドレーも心に沁みたなあ。
どうです、いい曲ばかりでしょう、先輩たちはこんなにも素敵なメロディを書き残してくれたんですよ、というファインスタインの自負と愛着が滲み出るような選曲であり、歌唱であった。
一時間と二十分、ヴォリュームたっぷりのフルコースを味わったような満足感と幸福感。最後は今日の演目で最も古い "Alexander's Ragtime Band" で賑々しく締め括られた。
終演後、同行した妹は新譜CD『ホープレス・ロマンティクス』にファインスタインのサインを貰った。小生が持参した旧譜『MGMアルバム』(1989)を「これがフェイヴァリットなので…」と遠慮ぎみに差し出すと、「こりゃえらく古いね、写真が若いゾ」と呟きつつも快くサインして下さった。いい歳をしてミーハーぶりがちょっと恥かしかったが、「アナタを東京で聴けるなんて夢のよう」と正直にお伝えした。
このあと九時半からセカンド・ショーがあるのだという。大したものだ。全くもってミュージシャンはタフでなければ務まらない。
この本を話題にするのをずっと躊躇していた。七月に刊行されてすぐ買い求め、読了もしていたのだが、小生に果たしてこれを云々する資格があるのか、どうにも自信がもてなかったのだ。
ロバート・アルトマン わが映画、わが人生
ロバート・アルトマン=述、デヴィッド・トンプソン=編、川口敦子=訳
キネマ旬報社、2007昨年末アルトマンの訃報に接したときも、同じような感慨に襲われた。つまり、かつてあんなにも魅せられ、夢中になっていたのに、久しくその新作を楽しみにしてこなかったことに対し、ひどく後ろめたい罪悪感を抱いたのだ。
小生が映画鑑賞全般から遠のいてしまった90年代末からは言うに及ばず、1980年の『ポパイ』の時分から、もうずいぶん長いことアルトマン映画には齟齬と違和感──「こんなはずじゃないのに」という居心地の悪さしか感じなくなり、しまいには観ることすら怠るようになった。今さら悔やんでみても仕方ないが、恋人と残念な別れ方としたみたいな心残り、苦い後味が尾を引いている。エットレ・スコーラの映画の題名じゃないけれど、「あんなに愛し合った僕たちなのに」という按配なのだ。
この本の巻末のフィルモグラフィを追ってみて愕然とした。80年代以降に、想い出深いアルトマン作品が一本もないのである。
1980 H.E.A.L.T.H.
1980
ポパイ1982 Come Back to the Five and Dime, Jimmy Dean, Jimmy Dean
1983
ストリーマーズ1984 Secret Honor
1985
フール・フォア・ラブ1987 突撃! O・Cとスティックス/お笑い黙示録
1987
ニューヨーカーの青い鳥1987
アリア (オムニバス映画)1990
ゴッホ1992
ザ・プレイヤー1993
ショート・カッツ1994 プレタポルテ
1996 カンザス・シティ
1998 相続人
1999 クッキー・フォーチュン
2000 Dr.Tと女たち
2001 ゴスフォート・パーク
2003 バレエ・カンパニー
2006 今宵、フィッツジェラルド劇場で
観ているのは辛うじて赤文字の作品だけ。『プレタポルテ』以降は全くの未見。いやはや、これではアルトマンを追悼する資格が疑われようというものだ。
(まだ書きかけ)
ただもう訳もなくバッハが聴きたくなるときがあるものだ。倦み疲れていて、心にわだかまりがある。そんなとき、ふっと舞い降りてきて、さりげなく慰撫してくれる。天上の音楽のようでいながら、人肌の懐かしさや優しさに満ちている。サマークリスマスにバッハとはおかしな取り合わせだろうか。別棟の書庫を片づけたら、ほうぼうから半ば忘れていたバッハのCDが出てきたので片っ端からかけてみる。演奏の良し悪しはまるで気にならなくて、ひたすら音楽にのみ心を奪われ聴き惚れていた。
二台の鍵盤楽器のための協奏曲 ハ短調 BWV1062
二台の鍵盤楽器のための協奏曲 ハ長調 BWV1061
三台の鍵盤楽器のための協奏曲 ニ短調 BWV1063
二台の鍵盤楽器のための協奏曲 ハ短調 BWV1060
ギューアー・ペキネル&シューアー・ペキネル=ピアノ
ハワード・グリフィス指揮 チューリヒ室内管弦楽団 (2003録音、チューリヒ)
Warner Classics 2564 61950-2 (2004)
◆いかにも芸能人っぽい印象の双子デュオ、ペキネル姉妹だが、どうしてどうして、実に清冽なバッハではないか。軽やかに宙を疾駆するような速度感が好もしい。
ゴルトベルク変奏曲
ブルーノ・カニーノ=ピアノ (1993録音、ルガーノ)
Ermitage ERM 412-2 (1996)
◆長く伴奏者としての名声に甘んじたカニーノだが、今やイタリアを代表する長老ピアニスト。グールドほど奇矯でも個性的でもないが、随所に閃きのあるバッハ。
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565 (フリードマン編)
パストラーレ ヘ長調 BWV590 (リパッティ編)
ブーレ~パルティータ 第1番 BWV1002 (フリードマン編)
羊は安らかに草を喰む~カンタータ 第208番 (フリードマン編)
朝の歌~シューブラー・コラール集 BWV645 (フリードマン編)
わが心は忠実なり~カンタータ 第68番 (フリードマン編)
ブランデンブルク協奏曲 第3番 より 第一楽章 (フリードマン編)
シチリアーナ~フルート・ソナタ BWV1048 (フリードマン編)
ロンド風ガヴォット~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 (フリードマン編)
目覚めよと呼ぶ声ありて~シューブラー・コラール集 BWV645 (フリードマン編)
いざ来れり優しき救い主~ライプツィヒ手稿 BWV659a (フリードマン編)
オルガン・ソナタ 第6番 BWV530 (バルトーク編)
ペトロネル・マラン=ピアノ (2001録音、ニカシオ)
Hänssler CD 98.424 (2003)
◆バッハとあらばなんでもピアノ用に編曲してしまった前世紀前半の遺物集。とことん大仰で時代がかってはいるが、これもバッハの今ひとつの顕現なのかも。
無伴奏ヴィオラ組曲 (全六曲) BWV1007-12
今井信子=ヴィオラ (1997、99録音、ラ・ショー・ド・フォン)
Philips PHCP 11185/86 (1999)
◆オクターヴ上で奏される無伴奏チェロ組曲。昨日たまたま店頭で見つけ、聴き始めたらもう、やめられない。伸びやかに軽やかに歌い、しかも恐ろしく深いバッハ。