大団円もプロコフィエフ
異郷で発熱
些か風邪気味
誕生日にディーリアスを聴いて観る
プロコフィエフ三昧の一日
スコットランドからイングランドへ
北の都で観た「修道院での結婚」
今宵も「知られざるプロコフィエフ」
プロコフィエフの魂に触れる
レオナルド・ダ・ヴィンチ探索
2月1日。持参した風邪薬でどうにかこうにか発熱を抑え込んだと思ったら、今日はいよいよ倫敦滞在の最終日である。二週間は長かったような、あっと云う間に過ぎたような。何はともあれ別れを告げねばならぬ。
というわけで英国美術に敬意を表すべくテイト・ブリテンを訪問。どうやら常設展示スペースの半分が工事中らしく、いつもなら必ず並んでいるホイッスラーの《バターシー橋》も《白衣の少女》も、ロセッティの《受胎告知》も、ナウム・ガボの抽象彫刻群も観られない。まあ、鍾愛のサージェントの《カーネーション、リリー、リリー、ローズ》が拝めたのでよしとしよう。
ちょっと拍子抜けしたままバスを乗り継いでキングズ・クロスの大英図書館へ。ここで "Royal Manuscripts: The Genius of Illumination" という特別展を観る。12~16世紀の英国の彩飾写本、いずれも国宝級の書物をずらり百冊余り並べた壮麗な展示である。まあ小生などには豚に真珠なのだが、それでも贅を尽くした豪奢な手仕事に溜息をつく。凄い時代があったものだ。
夕刻になったのでサウスバンクにとって返し、今回の滞在で最後の演奏会に臨む。一連の「プロコフィエフ・フェスティヴァル」の掉尾を飾る一夜である。
"Prokofiev: Man of the People?"
Royal Festival Hall
1 February 2012
19:30-
プロコフィエフ:
交響曲 第一番「古典」
ヴァイオリン協奏曲 第二番*
交響曲 第五番
ヴァイオリン/ジャニーヌ・ヤンセン*
ヤニク・ネゼ=セガン指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団最初の「古典交響曲」はさして特色のない凡演、次の第二協奏曲は音量に乏しく、香気も霊感も欠いた独奏者にがっかり。嗚呼これがフェスティヴァルの結末なのかと諦めかけたら、休憩後の第五交響曲では指揮者も楽団も生まれ変わったかのよう。鋭敏鮮烈なリズム、考え抜かれたフレージング、意味深いアクセント、すべてにおいて瞠目すべき演奏だ。侮るべからずネゼ=セガン。これこそ三週間のプロコフィエフ祭の大団円と呼ぶに相応しい。ブラーヴォ!
1月31日。いやはや危惧していた事態が進行しつつある。喉が痛く額が熱っぽい。全身がだるい。間違いなく「風邪の諸症状」という奴だ。なので終日ずっと部屋に引き籠って過ごす。なんとも情けないことだが致し方ない。とにかく早く治してしまおう。
1月30日。一連の演奏会が漸く一段落したと思ったら、少しばかり気が緩んだのだろう。なんだか喉が痛い。腹具合も宜しくない。いかんいかん、風邪の兆候である。
今日は月曜日。大概の美術館は休みなのだが、テームズ河畔サマセット・ハウスにある「
コートールド・コレクション」は開館していて、しかも二時までは無料だというので出かけてみた。
狭い廻り階段を最上階まで上ると、いきなりゴーギャンの油彩画《
ネヴァーモア》が目に飛び込んでくる。昨日サウスバンクで観た映画『夏の歌』でディーリアス邸の壁に掛かっているのを目にしたばかりなので、その実物と対面するのは実に不思議な縁である。ディーリアスはタヒチからパリに届いた最新作を大枚を叩いて購入し、四半世紀にわたりグレ=シュル=ロワンの自宅に飾って日夜をあかず歎賞した。
それにしてもコートールドのコレクションの質の高さには溜息が出る。マネの最高傑作《フォリー・ベルジェールのバー》も、スーラの《化粧する女》も、セザンヌの《トランプする人々》も、みんなここで観られるのだ。今日は体調が今ひとつなので、凝視せずにさっと通り過ぎたいのだが、そうできないのがこの美術館の凄さである。
ふう、と溜息をつきながらサマセット・ハウスを後にし、ストランド街をトラファルガー広場方面に歩く。空気が肌を刺すように冷たい。早朝からナショナル・ギャラリーでレオナルド展に並んだ人たちはさぞかし凍えただろう。すっかり体が冷え切ったので、道すがらセント・マーティン・イン・ザ・フィールズ教会に駆け込む。折からランチタイム・コンサートが始まるところだ。
St Martin in the Fields
Lunchtime Concert
30 January 2012
13:00-
グリーグ: ヴァイオリン・ソナタ 第三番
ラヴェル: ツィガーヌ
ヴィエニャフスキ: 華麗なるポロネーズ
ヴァイオリン/ラドゥ・ロポタン Radu Ropotan
ピアノ/ダン・マルギネアン Dan Margineanルーマニアから留学中の若手ドゥオというが、すでにプロフェッショナルな腕前。技術的に全く危なげなく、ラヴェルの難曲を易々と弾きこなし喝采を浴びた。こういう有望な演奏家が教会で無料演奏するところに倫敦の音楽水準を垣間見る思いがする。
そのあと教会地下のクリプトの食堂で遅い昼食。いつ来てもここは混み合っている。場所の便利さもあるが、なにより安価でそれなりに美味しいからだ。満腹になったので腹ごなしにナショナル・ギャラリーでイタリア絵画をカラヴァッジョから遡って鑑賞、ティツィアーノ、ベッリーニ、マンテーニャと辿ったあと、最後をピエロ・デッラ・フランチェスカで締め括る心積もりだったのだが、閉室中で観られず。残念。
部屋に戻るともう夕刻近い。今夕は演奏会がないので、シャワーを浴びたら早めに寝てしまおう。背中あたりで悪寒がする。本格的な風邪にならぬといいのだが。
1月29日。今日は
フレデリック・ディーリアスの百五十回目の誕生日。この日を祝ってサウスバンクで記念演奏会が催される。永年に亙るディーリアンとしてはこの機を逃すべからず。千里の道をものともせず英京まで駆けつけたのは、ほかでもない、この催しのためだったのである。
これまでの人生を思い返すとディーリアスのアニヴァーサリー・イヤー(記念年)は生誕百年の1962年、歿後五十年の1984年の二度あった。ただし前者はまだ十歳で音楽を知らなかったし、後者は生活に追われ外遊どころではなかった。歿後五十年祭に参加された三浦淳史さんの報告記事を羨ましく読むのが関の山。まるで縁がなかったのだ。2012年はやっと逢着した「三度目の正直」なのである。
昼食を済ませ徒歩でサウスバンクに到着。まずは売店でCDを物色し、"Essential Delius" という二枚組を購入。EMIの過去音源アンソロジーだが、記念日当日なので思わず手に取ってしまう。ロビーをしばらくぶらついていたら開演時間が近づいてきた。心して席に着く。
"Delius 150th Anniversary"
Royal Festival Hall
29 January
15:00-
ヴォーン・ウィリアムズ:
揚雲雀*
ディーリアス:
チェロ協奏曲**
ブリッグ・フェア
エルガー:
謎の変奏曲
ヴァイオリン/ジョルト=ティハメール・ヴィゾンタイ*
チェロ/ジュリアン・ロイド・ウェッバー**
アンドルー・デイヴィス卿指揮
フィルハーモニア管弦楽団小生の知る限り、誕生日当日を祝う演奏会は世界中でこれきりであるらしい。どうせなら「オール・ディーリアス・プロ」を敢行して欲しかったところだが、常套的な曲目編成で知られるフィルハーモニア管弦楽団としてはこれが精一杯だろう。とはいえ前半に(ヴァイオリンを独奏とする)VWの「揚雲雀」とチェロ協奏曲、後半はディーリアスとエルガーの両変奏曲が並置されるという、それなりに考え抜かれたプログラムだ。
VWの「雲雀」は協奏曲ふうの断章。独奏ヴァイオリンが甚だ見事である。この楽団の首席奏者だそうで、練り上げられた抒情的な音色をしみじみと響かせる。寄り添うフィルハーモニアのアンサンブルも極上。
ディーリアスの
チェロ協奏曲を生で聴くのはこれが初めてだ。しかも同曲を得意とするロイド・ウェッバーの独奏というのが嬉しい。流石に彼はこの曲を隅々まで知り尽くしており、テンポも歌い回しも、「こうするほかない」という確信が漲る。作品へのあからさまな耽溺は避けられ、冷静な距離感を保ちながら、清潔なニュアンスと程よい情緒が滲み出る好もしい演奏。それにしてもディーリアスの協奏曲は形が見えず、単一楽章が延々と続いて終わらない。醒めそうで醒めない夢心地がどこまでも引き伸ばされる感じ。まあ、それこそがディーリアスなのだが。
休憩後の「
ブリッグ・フェア」も実演は初めてではなかろうか。冒頭で主題が提示されるや、先日の旅で車窓から眺めたなだらかな英国風景が否応なく脳裏に去来する。言うまでもなくブリッグはリンカンシャーの地名であり、まあ条件反射といえばそのとおりだが、それほどまでに音楽がエヴォカティヴだということか。デイヴィスの指揮は細部には拘泥せず大まかな流れを作り、あとは奏者の自発性に委ねる流儀のようだが、フィルハーモニアの奏者たちは実によく反応していた。木管奏者たちのソロの美しさといったら!
夢うつつのまま最後の「エニグマ」変奏曲がいつしか始まっていた。流石に英京の管弦楽団で聴くこの曲は堂に入ったオーセンティシティが横溢。エルガーのユニークな管弦楽法を堪能する。そういえば前にもこのホールで同じオーケストラの「エニグマ」を聴いた。指揮者はヒコックスだったっけ。 今日のデイヴィスも悪くない。英国では長老格の指揮者がいないので、彼にはディーリアスやエルガーでもうひと頑張りしてもらわねば。今日の「エニグマ」ではホール正面のオルガンに奏者が坐ったので荘厳な末尾を期待したのだが、舞台近くに陣取った小生にはオーケストラの大音声にかき消されてオルガンは少しも聴こえず。このホールのオルガンは見た目もみすぼらしいが、音も貧弱なのだ。残念だなあ。
17時少し前に演奏会は終わったが、多くの聴衆はそのままサウスバンクに居残って時を過ごした。なぜなら演奏会には続きがあるからだ。
Southbank Centre presents
Song of Summer: Frederick Delius
Queen Elizabeth Hall
19:00-
ケン・ラッセル監督作品
《夏の歌》
1968年
BBCディーリアスの生誕百五十年日の当日にケン・ラッセル監督の伝記映画《夏の歌》をスクリーン上映し、ゲストに監督自身を迎えるという計画が発表されたのは、昨夏のことだったろうか。これを知った時点で、わが訪英は半ば決定したも同然だった。
1970年NHKがTV放映したのを観て以来、この映画が小生の「わが生涯の一本」である所以はここで何度となく繰り返し述懐した。惜しいことに監督は昨11月に急逝されたため今宵の臨席は叶わず、期せずして追悼上映会になってしまったのが返す返すも残念だが、それでもディーリアスの誕生日に倫敦でこの映画を観られるとあれば馳せ参じずにはいられない。
この映画をスクリーンで観るのは三度目だろう。ヴィデオでもDVDでも架蔵する作品なので、流石に新たな発見こそないが、このフィルムが数ある伝記映画に類をみない唯一無二の傑作であることを改めて実感した。これほどまでに痛烈に、切実に肺腑を抉る芸術家ドラマがまたとあろうか。
(まだ書きかけ)
1月28日。今日は午後ずっとサウスバンクに居続けてプロコフィエフに身も心もどっぷり浸りきった。こんな体験はこれまでの人生で一度もなかったことだ。倫敦まで遥々やってきた甲斐があるというものだ。
14:00-17:45
"The Unknown Prokofiev"
Function Room, Level 5 of the Royal Festival Hall最新の知見を交えながら欧米のプロコフィエフ研究者が発表し、討論するスタディ・デイ(研究会)。登壇者は昨夜もプーシキン・ハウスで発表したサイモン・モリソン、ネリー・クラヴェツ、キャリル・エマーソンの各氏に加え、プロコフィエフ財団の面々や、プロコフィエフの実孫で作曲家のゲイブリエル・プロコフィエフなど。
話題は「プロコフィエフはなぜ1936年に帰国したのか」「プロコフィエフにおけるロシア性とは?」などの根本命題に始まり、今日このあと世界初演される『
イワン雷帝』オラトリオ新版や、タイーロフの劇団のための舞台音楽『
エジプトの夜』についての詳しい解説など、微に入り細を穿った内容である。小生の聞き取り能力には限りがあり、どこまで理解できたか心許ないが、裨益するところが甚大だったことは確実。参加できてよかった。
18:00-18:45
FREE Pre-concert
Performance by musicians from the Royal Collage of Music
Royal Festival Hall
プロコフィエフ:
弦楽四重奏曲 第二番
Silver Quartet: Amy Tress, Joseph Devalle, Natasha Silver,
Frida Waaler Waervaagen
四本のバスーンのためのユモレスク
Benjamin Exell, Carrie To, Tamsin Thorn, Susanne Simma
二挺のヴァイオリンのためのソナタ
Galya Bisengalieva, Agata Darashkaite(まだ書きかけ)
1月27日。一泊してエディンバラを辞去、昼過ぎに列車で昨日のルートを倫敦へ向け逆戻りする。車窓から望む英国風景はどこまでも単調でなだらか、左手には北海の水平線、右手には平坦な草地と畑が広がるばかり、峨々たる山脈なぞ影も形もない。冬もなお青々とした牧場で羊たちが静かに草を食む。
ところが中間地点のヨーク駅を過ぎたあたりから、奇怪な円筒形をしたコンクリート造の構造物群が繰り返し遠望される。間違いなくあれは原子力発電施設だ。美しく長閑な田園風景にあまりにも場違いな、あまりにも禍々しい眺めに背筋が凍りつく。嗚呼、麗しの大英帝国よ、お前もなのか!
倫敦キングズ・クロス駅に到着したのは夕刻六時。一旦わが宿に戻って旅装を解くのももどかしく、直ちにバスに飛び乗ってブルームズベリーの「プーシキン・ハウス」に馳せ参じる。今宵もここでプロコフィエフがらみのイヴェントがある。息せき切って扉を開けると、大丈夫、ぎりぎりだが間に合った!
Pushkin House
27 January 2012
19:30-
"Unexpected Discovery: a Prokofiev Premiere"
On the eve of the premiere at the Royal Festival Hall given by the
London Philharmonic Orchestra, international experts gather at
Pushkin House to discuss the upcoming event: the new, unknown
1961 version of Sergei Prokofiev’s oratorio Ivan the Terrible by
Levon Atovmyan, the discovery of its manuscript and the story
behind its creation.
Participants:
Nelly Kravetz (Tel-Aviv University),
Simon Morrison (Princeton University),
Caryl Emerson (Princeton University),
Alexander Ivashkin (Goldsmith College, University of London)
and Serguei Prokofieff Jr., the composer’s grandson (Paris).
Musical contributions by pianists Sergei Dreznin (Paris)
and Elena Krakopolskaya (Toronto).
Moderator: Alison Smale (International Herald Tribune)明日(28日)ロイヤル・フェスティヴァル・ホールで世界初演されるプロコフィエフの映画音楽《
イワン雷帝》のオラトリオ新版(レヴォン・アトヴミャン編曲)に関するトーク・イヴェントである。会場には欧米各地のプロコフィエフ研究者が集まり、狭い会場は挨拶と歓談で喧しいほど。小生も旧知の数人に挨拶したり、昨日のエディンバラ公演のプログラムを進呈したり。咄嗟に英語が口をついて出ず往生する。
(まだ書きかけ)
1月26日。エディンバラに来ている。倫敦から列車で五時間弱かけて辿り着いたスコットランドの都。流石に空気が冷たい。札幌か小樽といったところか。
初めての都会なので勝手が皆目わからず、地図でスコッティッシュ・ナショナル・ギャラリーという美術館を見つけて訪ねると、ティツィアーノやベラスケスの逸品がさりげなく飾ってあって吃驚した。
夜は目抜き通りにあるフェスティヴァル・シアターでお目当ての観劇。スコティッシュ・オペラによるプロコフィエフの『
修道院での結婚 Betrothal in a Monastery』の新プロダクション初日である。
英語上演ということもあって、隅々までよく台詞が理解できたし、心ゆくまで愉しめた。歌手たちの芸達者ぶり、役づくりの見事さには驚くばかり、ウェルメイド・プレイを観る面白さなのだ。オペラは極上の娯楽なのだと思い知らされる。
それにしてもプロコフィエフの偉大さよ。スターリン粛清の直後、第二次大戦下の劣悪な環境下で、この反時代的とすら思えるコケティッシュな恋愛劇に絶妙な音楽を纏わせた不屈の精神力に感服せずにはいられない。
1月25日。暗くなると自室で軽く夕食を摂ってから出発。ゆっくり歩いても数分後にはサウスバンクのロイヤル・フェスティヴァル・ホールに着いてしまう。この呆気ないほどの近さが今回の宿の最大の魅力だろう。テームズ河畔で煙草をくゆらせ、いざ今宵もプロコフィエフ三昧だ。
"Prokofiev: Man of the people?"
Royal Festival Hall
25 Jamuary 2012
19:30-
プロコフィエフ:
バレエ音楽『道化師』(抜粋)
ピアノ協奏曲 第四番(左手のための)*
バレエ音楽『シンデレラ』(抜粋)
ピアノ/リオン・フライシャー*
ヴラジーミル・ユロフスキー指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(まだ書きかけ)
1月24日。生憎の雨降りだが予定どおり郊外の大学図書館に赴いて根をつめて勉強。五時間ぶっ続けで資料と格闘したら流石に眩暈がした。午後遅くバスで都心に戻り、自室でシャワーを浴び心身を休める。夕刻に再び外出、雨はもう完全に降りやんでいた。雨上がりの舗道に街の灯が映えて美しい。
向かった先はホーボン駅から徒歩で数分、大英博物館に近いブルームズベリー界隈にひっそり佇む「
プーシキン・ハウス Pushkin House」という未知の建物だ。ここはロシア文化の啓蒙普及を目的とする文化施設らしく、小さな建物の二階がささやかなサロンになっていて、ここで講演会や演奏会がたびたび催されているらしい。
今日の催しのことは週刊情報誌 "TimeOut" の頁を繰っていてたまたま知った。「プロコフィエフ・フェスティヴァル」に関連して、この場所で彼の歌曲の夕べがあるというのだ。この稀有な機会を逃すべからず。定員七十名ほどの半ば私的な催事だったのだが、幸いにも残席があった。
"The Soul of Prokofiev"
Pushkin House
Tuesday 24 January 2012
19:30-
Sergei Prokofiev:
3 Songs from "Five Poems by Anna Akhmatova" op. 27
■ Sunlight Streaming in the Chamber
■ True Tenderness
■ Helllo!
Two songs op. 9
■ There are other planets (K. Bal'mont)
■ Unmoored is the vessel (A. Apukhtin)
Joan Rodgers, soprano
Vladimir Jurowski, piano
Five Melodies op. 35a
Aahot Sarkissjan, violin
Julian Gallant, piano(まだ書きかけ)
1月23日。今回の倫敦滞在中で最もハードな一日となろう。ナショナル・ギャラリーに
レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会を観に行く。そう書くといかにも簡単そうだが実際には至難の業だ。昨秋からこの二月上旬まで、会期全日の前売券は早々と完売し、ネット上では数万円のプレミアム付で売買されている由。正規の手段で観るのなら僅少な当日券を求めて朝早くから美術館前に並ぶほかない。先日のこと、念のため美術館まで赴いて係員に尋ねたところ、「六時半には館に来て、この場所で列に並ぶように」と指示されたのである。
なので今日いよいよ意を決して赴くことにした。幸い天候は穏やかで風も吹かず、耐えられぬほど寒くもない。月曜なら多少は混雑も緩和するのではとの思惑もあってのことだ。早朝五時前に起床、ヒートテック下着、ホッカイロ、折畳椅子など装備万端を整えるとテームズ河畔の宿をいざ出発、まだ周囲は真っ暗だ。
六時少し前にトラファルガー広場に到着。朝まだきというのに美術館前にはもう百人ほどが屯している。とるものもとりあえず行列の驥尾に附す。開館は十時、それまで四時間ひたすら寒空の下で待つほかない。前後の人たちの話によると、売り出される当日券はきっかり八百枚。ひとり二枚まで購入可能だという。ともあれ入館できることだけは間違いなさそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
今回の展覧会 "
Leonardo da Vinci: Painter at the court of Milan" はレオナルド展としては空前にして(恐らく)絶後、真作(あるいは真作に準ずる)絵画が十点も並ぶのは劃期的な出来事だ。なにしろ現存するレオナルドの絵画作品は、疑念の残る作品を含めても二十点未満。万能の天才は多忙だったし、完全主義者レオナルドは制作に恐ろしく時間を要したのだ。
出品作九十三点中、レオナルド作と認定された十枚のタブローは以下のとおり。
■ 音楽家の肖像 1486~87頃 ミラノ、アンブロジアーナ絵画館 →①
■ 白貂を抱く婦人 1489~90頃 クラクフ、チャルトリスキ・コレクション →②
■ ベル・フェロニエール 1493~94頃 パリ、ルーヴル美術館 →③
■ 聖ヒエロニムス(未完) 1488~90年頃 ヴァティカーノ美術館 →④
■ 岩窟の聖母 1483(~85頃) パリ、ルーヴル美術館 →⑤ ↑⑥
■ 岩窟の聖母 1491/92~99、1506~08 ロンドン、ナショナル・ギャラリー
■ リッタの聖母子 1491~95頃 ペテルブルグ、エルミタージュ美術館 →⑦
■ サルヴァトール・ムンディ 1499頃以降 個人蔵 →⑧
■ バーリントン画稿 1499~1500頃 ロンドン、ナショナル・ギャラリー →⑨
■ 紡錘棒を持つ聖母子(弟子との合作) 1499頃以降 バックルー公爵家 →⑩これだけの作品が一堂に会するのだから凄い。空前絶後とは誇張ではないのだ。
さて寒空の下で四時間を過ごすのは誰にとっても辛い体験だ。だがそこは流石に英国人たち。見ず知らず同士がすぐさま打ち解け四方山話に花を咲かす。こうすることで寒さも退屈も幾分か紛れようというものだ。小生がニッポン人と知るや、すかさず尋ねてきた、フクシマはどうなっている? お前の住まいは近くなのか? 子供たちの健康は大丈夫なのか? 等々。
そうこうするうち空が白んできた。
並ぶ場所は美術館の旧館と新館の間に挟まれた谷間のような路地。日本から折畳椅子を持参したのと、思いのほか冷え込みが緩んだ朝だったせいで、凍てつくような寒さではなく、しんどさもまあ程々。鷽替神事で亀戸天神に並ぶのと大差はない。とはいえ、九時を回ったあたりから足下の鋪石からじわじわ寒気が忍び寄ってきて、まだなのかと頻りに時計を覗き見る。この最後の一時間が辛かった。
十時開扉。先頭から少しずつ動き出したが、ひとりずつ枚数を確認しながらの販売なので列は容易に進まない。三十分ほどして漸く建物のなかに入れた。その瞬間、誰もが異口同音に "Humm... warm!" と思わず口にするのが微笑ましい。順番が来てチケットを購入できたのが11時過ぎ。展示室に入れるのは11時半からと指示されたので、何はともあれトイレに駆け込む。
指定の11時半を少し回ったあたりで徐に展示室に入場。もうそれだけで幸福な達成感が漲るのが我ながら可笑しい。なにしろ五時間半も待ったのだ!
どの部屋も人で溢れている。ただし汗牛充棟という程の混雑でもないので鑑賞にさして支障はない。なので展示室毎にざっと一巡して作品をひとあたり眺め渡したあと、いくつかを重点的に至近距離から観察する方法を採ることにした。云わば緩急自在のレオナルド探索である。以下はその際の鑑賞メモ。
■ 第一室 「ミラノの音楽家: 静かなる革命」
レオナルド/絵画1、素描3 その他/絵画2、素描1、金工2
いきなり正面にミラノのアンブロジアーナ絵画館の《音楽家の肖像》→①が鎮座する。本展はこれを正真正銘レオナルドの筆と位置づけるのだが、一見して明暗描写がいかにも硬く、モデリングにも不正確さが際立ち、どう贔屓目にみてもレオナルド作とは思えない。画集で観たときと少しも変わらぬ印象だ。他の素描類も含め、この部屋にはさして魅力を感じなかったので雑踏を避け短時間でさっと通過。
■ 第二室 「美と愛: レオナルドの女性肖像画」
レオナルド/絵画2、素描7 その他/絵画3
この部屋の主はポーランドのクラクフから招来された《白貂を抱く婦人》→②とルーヴルの《ベル・フェロニエール》→③の二大美女。モデルはいずれもミラノ宮廷の貴婦人、前者はチェチリア・ガッレラーニ、後者はルクレツィア・クリヴェッリともベアトリーチェ・デステともいわれる。前者はかつて来日時に穴の開くほど観察したが、後者はこれが初めての見参。一見した印象はかなり異なるのだが、共に高貴な気品に満ち、レオナルドの真作に間違いなく、完成度も甲乙つけがたい。前に横浜で観たときも思ったが、前者の姫君の右手の霊妙さ、膝に抱かれた白貂の描写の克明さといったらもはや神技の域にある。後者は上半身のみで両手を欠くが、それを補って余りあるのが翳りに満ちた貌と眼差の深い神秘性だ。この二枚に加え、同じ部屋では英国王室コレクションの逸品中の逸品素描《両手の習作》(→これ)がさりげなく飾られるのがこよなき眼福である。通常はワシントンの油彩画《ジネヴラ・ベンチ》の習作とされる同素描を、本展ではクラクフの《ガッレラーニ》と関連づけようとしているらしい。何はともあれ、この三作を同時に一室で観られたという一事だけでも、苦労してここまで来た甲斐があろうというものだ。
■ 第三室 「肉体と精神: 苦行の聖ヒエロニムス」
レオナルド/絵画1、素描11
ヴァティカーノから齎された未完の大作《聖ヒエロニムス》→④をめぐる一室。苦悶の表情と動作、筋肉と骨格、人体解剖。背景に粗描された岩山や建物まで考察。
■ 第四室 「聖なるものを描く: 岩窟の聖母」
レオナルド/絵画2、素描9 その他/絵画4、素描4
本展の要をなす大きな展示室。ここにパリとロンドン、瓜二つの大作《岩窟の聖母》→⑤ ⑥が向かい合うように対峙する。昂奮で胸が高鳴るのを抑えられない。勿論ルーヴルとナショナル・ギャラリー、それぞれの美術館で常設展示されてはいるが、こうして同室に並ぶ機会は極めて稀(恐らく史上初)、さながら仏英対決である。で、結果はどうだったか。
(まだ書きかけ)