起き抜けのドビュッシー
夜更けのペヌティエ
深夜にブラームスはお好き?
スカルラッティの静謐
画家マティス・ゴートハルト・ナイトハルト
1910年6月25日のバレエ・リュス
仏蘭西の露西亜
心して聴く本家「ペーチャ」
子供の日なので「ペーチャ」
スヴェトラーノフを偲ぼう
体調はまだ復さないが、歳月不待人、そうも云ってはいられない。今朝は早起きして心機一転、仕事を再開。久しぶりに起き抜けの朝ドビュッシー。
"Debussy -- Pennetier"
ドビュッシー:
版画*
■ パゴダ
■ グラナダの夕
■ 雨の庭
ピアノのために*
■ 前奏曲
■ サラバンド
■ トッカータ
映像 第一集**
■ 水の反映
■ ラモー讃
■ 運動
映像 第二集**
■ 叢を渡る鐘音
■ 廃寺に懸かる月
■ 金の魚
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ1994年8月22、23日**、1995年1月8~10日*、
マルセイユ、サル・ギヨーム・ファレル
Lyrinx LYR 148 (1996)
想像はしていたものの、それを更に上廻る出来映えに驚く。明晰でありつつも深く沈潜するドビュッシー。ペヌティエならではの誠実さと細やかな詩情との稀にみる結合と云ったらいいのか。やっと理想のドビュッシー演奏に出逢えた思いだ。このディスクを今までずっと死蔵していた小生はつくづく愚か者だったなあ。
旅行者は無事帰還。日光土産「栃乃実柚餅子(とちのみゆべし)」を夕食後に賞味。旅疲れからか早々と床に就いた家人を尻目にひっそり深夜の一人音楽会。引き続きフランスの Lyrinx 盤を聴こう。外はまだ雨が降り止まない。
"Beethoven: Concertos pour piano 1 & 3"
ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲 第一、第三番
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ
セルジュ・ボド指揮
モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団1998年6月23~27日、モンテカルロ歌劇場、サル・ガルニエ
Lyrinx LYR 186 (1999)
"Mozart: Les deux derniers concertos Pennetier|Lethiec|Kantorow"
モーツァルト:
ピアノ協奏曲 第二十七番*
クラリネット協奏曲**
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ*
クラリネット/ミシェル・ルティーク**
ジャン=ジャック・カントロフ指揮
オーヴェルニュ室内管弦楽団1990年11月21、22日、サン=ジュネス=シャンパネル、協会会館ホール
Lyrinx LYR 107 (1991/99)
専らCDばかりで実演に接した機会は僅かしかないが、その都度
ジャン=クロード・ペヌティエの底知れぬ音楽性には敬服してしまう。もう十年以上も前になるが、パリの運河に浮かぶ平底船の極小歌劇場「ペニッシュ・オペラ」で間近に聴いたムソルグスキーの歌曲伴奏には震えがきた。つい先日も思いがけずスクリャービンの秀演に息を呑んだばかりだ。
いやはや、夢うつつの美しさだ。ピアノに疎い小生にもその位はわかる。目のつんだ透明な音の粒立ちがじわじわ心の襞に分け入るような按配なのだ。惜しむらくは指揮者が常套的で同じ高みに届かないこと。ボドは実直に過ぎるし、カントロフも閃きを欠く。独奏の邪魔をしないだけの伴奏に留まっているのが惜しい。
このまま就眠するのは悔しいので若き日のペヌティエを最後に。
"Mozart: Concertos pour piano no 22 et 23"
モーツァルト:
ピアノ協奏曲 第二十三、二十二番
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ
カール・リステンパルト指揮
ザール室内管弦楽団1967年4月2、3日、フラウラウテルン(ザール)
Universal Accord 476 9009 (1967/2006)
弱冠二十四の新人が最晩年の巨匠リステンパルト(この年末に旅先で急逝)と共演した記録が遺るのは奇蹟というほかなかろう。筆舌に尽くせぬ至高の演奏。
この「夢の協演」は元のLP(Le Club Français du Disque)は今や稀覯盤。同社音源を引き継いだ Accord が大手ユニヴァーサルに身売りした際、廉価CDとして「叩き売り」同様の形で久し振りに再発された。今宵聴くのもそのディスクなのだが、早くも品切状態と化した模様。こういう演奏こそ常時入手可能だといいのだが。最早そういう悠長な時代ぢゃないのだろう。見つけたら是非ともお試しあれ。
家人は友人と日光に旅行とかで留守にしている。なので好機到来とばかりに日中は心おきなくCDを続けざまに堪能。久しぶりにストラヴィンスキーのバレエ音楽を大音量で聴いた。いつもなら「喧しい、いい加減になさい!」と叱声が飛ぶところだ。とはいうものの、今は深夜なので心静かに室内楽を嗜もう。これまた愉しからずや。
"Brahms: Sonates pour violon et piano"
ブラームス:
ヴァイオリン・ソナタ 第一、第二、第三番
ヴァイオリン/テディ・パラヴラミ
ピアノ/ムーザ・ルバツキーテ1995年12月1~3日、マルセイユ、サル・ブランシエール
Lyrinx LYR 161 (1997)
夜更けて聴くのにブラームスは最適だろう。先日たまたまスカルラッティのソナタ集を聴いたリトアニアの閨秀ピアニスト Mûza Rubackyté がアルバニアの若手(当時)ヴァイオリニスト Tedi Paravrami と協演した盤。ルバツキーテの奥行のある音色はむしろブラームスに相応しかろう。あっさり淡泊なパラヴラミをしっかり下支えする。なかなか好もしい演奏だ。
"Brahms: Quatuors avec piano"
ブラームス:
ピアノ四重奏曲 第一、第三、第二番*
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ
ヴァイオリン/ジャン=ジャック・カントロフ
ヴィオラ/ブリュノ・パスキエ
チェロ/トルルス・モルク1995年12月20~22日、1996年8月26~31日*、
マルセイユ、サル・ブランシエール
Lyrinx LYR 165/166 (1997)
いよいよ余勢を駆って深夜らしく渋好みの世界に突入だ。おしなべて室内楽には疎いものだからブラームスのピアノ四重奏曲など滅多に聴く機会はない。まして三作続けざまに耳にするのは初体験ではなかろうか。
実に充実した音楽だと今にして悟る。他に比較する盤が手許にないので当ディスクの質を吟味できないが、仏人中心のアンサンブルはバランスのとれた堅実な演奏を披露する。Lyrinx 盤は録音もデザインも秀逸。手放さなかったのは正解だった。
今夜の〆はやっぱりブラームス。
"Brahms: Sonates pour violoncelle et piano"
ブラームス:
チェロ・ソナタ 第一、第二番
チェロ/ソニア・ヴィーダー=アサートン
ピアノ/カトリーヌ・コラール1990年12月21~23日、マルセイユ、国立音楽院
Lyrinx LYR 109 (1991)
殆ど話題になった気配はないが、これは素晴らしい演奏だ。今は一家をなす実力派 Sonia Wieder-Atherton も当時はまだ二十代、デビュー間もない時期だと思うが、深々した音色、朗々たる歌、臆するところのないボウイング、すでに大家の風格がある。協演の Catherine Collard はこのとき四十三歳。ニ年後には病歿してしまうから晩年ということになろう。控え目だが思慮深いピアノはちょっと比類ないものだ。今のソニア嬢には不満なのか、公式HPのディスコグラフィからは省かれた録音だが、忘却するにはいかにも惜しい秀演だろう。
明日は早起きなので心静かにそろそろ就眠しよう。今夜の枕元の供はひっそり玄妙な
ドメニコ・スカルラッティのソナタ集。改めて申すまでもないが「ソナタ」とはきりり小股の切れ上がった珠玉の小品のことだ。だから構えて聴くには及ばない。
"Mûza Rubackyté: Scarlatti"
スカルラッティ:
ソナタ集
K1, 6, 8, 9, 11, 19, 69, 96, 141, 159, 162,
198, 377, 446, 466, 491, 492, 513, 519
ピアノ/ムーザ・ルバツキーテ2000年3月20~23日、マルセイユ、サル・ブランシエール
Lyrinx LYR 201 (2002)
見るからにリトアニア女性らしい苗字だなと思ったら、やはりそうだ、彼女はかなり昔チュルリョーニスのピアノ曲選集のCDを二枚出したことがある(Marco Polo/ 今はNaxos に移行)。そう気付くと俄かに馴染深い人に思えてきた。
スカルラッティのソナタはとんと不案内なのが恥ずかしい。クラヴサンによる原典版もスコット・ロスの全曲集で聴いたものだが疾うに手放した。未だにクララ・ハスキルの太古の演奏を懐かしむという程度の新参者。このディスクもついさっき書庫からひょっこり出現した。いつ手に入れたのかも思い出せない。
ルバツキーテのピアノは実直そのもの、音に芯があるのが却って仇になったのか、残念ながらスカルラッティのこの世ならぬ風情を醸さない。いや、こういう地に足の着いた演奏があっても構わないのだが、小生の頭のなかにはハスキル女史のあえかな夢うつつの気配が未だ色濃く漂っているものだから、あくまでもピアニスティックなスカルラッティにはどうしても心を許せないのだ。狭量なのだろうか。
ひどく体調を害したため終日ずっと伏せっていた。読書も儘ならないので耳元で音楽を流しながら漫然と身を任す。手にしたきり放置してあった大作オペラのディスクを聴いてひたすら過ごした怠惰な一日。
"Paul Hindemith: Mathis der Maler"
ヒンデミット:
歌劇「画家マティス」
画家マティス/ファルク・シュトルックマン
マインツ大司教アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク/スコット・マッカリスター
大聖堂参事ローレンツ・フォン・ポンマーフェルデン/カールステン・ヴィットモーザー
ヴォルフガング・カピート(アルブレヒトの諮問官)/ペーター・ガリアルト
富裕商人リーディンガー/ハラルト・シュタンム
小作頭ハンス・シュヴァルプ/ペーア・リンツコーク
将軍トルフセス・フォン・ヴァルトブルク/モーリツ・ゴック
将校ジルヴェスター・フォン・シャウンブルク/ユルゲン・ザッハー
伯爵附笛師/チョン・ホユン(정호윤 Ho-Yoon Chung)
ウルズラ(リーディンガーの娘)/スーザン・アンソニー
レギーナ(ハンス・シュヴァルプの娘)/インガ・カルナ
ヘルフェンシュタイン伯爵夫人/レナーテ・シュプリングラー
シモーン・ヤング指揮
ハンブルク州立歌劇場合唱団
ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団2005年9月25日、ハンブルク州立歌劇場(舞台実況)
Oehms OC 908 (2007)
LP時代クベリーク指揮の全曲盤を架蔵したまま殆ど聴く機会がなかった。独逸語の三時間オペラは辛かったのだ。だから耳にするのはかれこれ三十年ぶり。ざっと一聴しただけだが、実に堂々たる円熟作ではなかろうか。ヤングの指揮も秀逸。
筋が込み入っているらしく、漠然と聴き流したのでは何も判らぬに等しいが、音楽の充実ぶり位は了解できる。とにかく実在の画家マティス・ゴートハルト・ナイトハルト、すなわち通称
グリューネヴァルトを主役に据えつつ農民戦争の渦中に巻き込まれた人々を描いた重厚な歴史劇なのだ。いずれちゃんと対訳を見ながら聴き直そう。
久しぶりバレエ・リュスに思いを馳せる。今年は「牧神の午後」や「ダフニスとクロエ」が初演されてから百年になるのだが、その話題は後日に回し、今日は1910年の第二回パリ公演を回想する。巷で評判のディスクを漸く手にしたからだ。
ストラヴィンスキーの「
火の鳥」をピリオド・インストルメンツ、すなわち初演時に近い旧式の仏蘭西楽器を用いたオーケストラで百年ぶりに蘇演した注目盤である。
歴史的なその初演は1910年6月25日、パリのオペラ座。その晩ピットに入ったのは当時フランス屈指の腕前を誇ったコンセール・コロンヌ管弦楽団。指揮はこの年に歿したコロンヌから常任を引き継いだばかりのガブリエル・ピエルネだった。
ピエルネは「火の鳥」の録音を残さなかった。戦前のパリのオーケストラに拠る録音は作曲者が1928年11月に指揮した抜粋盤SP(楽団名は匿名の「大管弦楽団」。曲目は1911年の「第一組曲」と1919年の「第二組曲」の折衷版)しか存在しない筈である。初演時の演奏が果たして如何なるものだったかは今となっては確かめようもない。もはや霧の彼方なのだ。
"Stravinsky ~ L'Oiseau de Feu ~ Les Siècles Live"
バレエ音楽「東方風(レ・ゾリアンタル)Les Orientales」
■ グラズノーフ: サラセン人たちの入場 ~「ライモンダ」
■ グラズノーフ: 東方の踊り ~「ライモンダ」
■ グラズノーフ: パ・ド・ドゥー ~「四季」バッカナール
■ シンディング: 東方の踊り 作品32-5 (チャーリー・パイパー編)
■ アレンスキー: エジプトの踊り ~「エジプトの夜」
■ アレンスキー: 蛇使女 ~「エジプトの夜」
■ アレンスキー: ガージたちの踊り ~「エジプトの夜」
■ グリーグ: 魔神 ~抒情小曲集 作品71-3 「小鬼」(ブルーノ・マントヴァーニ編)
ストラヴィンスキー:
バレエ音楽「火の鳥」
フランソワ=グザヴィエ・ロート指揮
レ・シエクル2010年10月2日、パリ音楽都市(実況)
2010年10月9日、ラン大聖堂(実況)
harmonia mundi Musicales Actes Sud ASM 06 (2011)
本盤のユニークさは単に「火の鳥」をオリジナルに近い音で提示するに留まらない。「火の鳥」と同日に新作として初演されながら忘却の淵に沈んだバレエ「
東方風」の音楽を果敢に復元・再構成する。こちらも劣らず興味津々なのだ。
「東方風」が今に残らないのも無理はない。これは当時の観客が好んだオリエンタルな異国趣味に応えるべく、ディアギレフが急拵えで仕込んだ「寄せ集め」のオムニバス・バレエだからだ。1909年の「饗宴 Le Festin」「クレオパトラ」と同工異曲、既存のロシア音楽を恣意的に繋いだだけの作品はいっとき拍手喝采を博したものの、急速に人気を失い忘れられた。今となってはニジンスキーが踊った「シャムの踊り」(
→これ、
→これ)の神話的な画像のみで僅かに想起される作品なのである。
今回の「復活演奏」は完全でない。初演時に用いられたシンディング「東方の踊り」(タネーエフ編)とグリーグ「小鬼」(ストラヴィンスキー編)のオリジナル譜は散逸し、新たに編曲を依頼せねばならなかったし、併せて使用されたと諸書にあるボロディンの楽曲が省かれた理由も判らない。そもそも本CDに用いられた音楽が初演時と同じものなのか、曲の配列がこれで正しいのか否かも、なんとも判断しかねる。
何はともあれ物は試しと半信半疑ながら復元版「東方風」を聴き始めハッと気付く。この音色にはたしかに耳馴染があるぞ、と。軽く涼やかな木管、毳(にこげ)のように柔和な感触の弦楽合奏には聴き憶えがある。グラズノーフの「バッカナール」に差し掛かったとき、ああそうだ、随分と昔になるが、
アルベール・ヴォルフが指揮した「四季」がまさしくこの音色配合だったと膝を打つ。1955年のパリ音楽院管弦楽団には古式床しい音色のパレットがまだ健在だったのだ。
(まだ聴きかけ)
昨日の旅の疲れを癒しつつ、心静かに聴く仏蘭西人奏者たちの露西亜室内楽。
"Tchaïkovsky - Chostakovitch: Pasquier|Pidoux|Pennetier"
チャイコフスキー:
ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」
ショスタコーヴィチ:
ピアノ三重奏曲 第二番(ソレルチンスキー追悼)
ヴァイオリン/レジス・パスキエ
チェロ/ロラン・ピドゥー
ピアノ/ジャン=クロード・ペヌティエ1997年11月14~16日、マルセイユ、サル・ブラシエール
Lyrinx LYR 182 (1998)
なんともはや驚くほどに素晴らしい。歌に真情が籠もっていて、徒らに悲愴がったり深刻にならないにも拘わらず、ちゃんと心が伝わる演奏なのだ。控え目なのにしみじみ聴かせるペヌティエは本物の音楽家である。
二年ほど前に露語版「
ペーチャと狼」の覆刻盤が人知れず出た。その歴史的価値は計り知れないのだが殆ど話題にならず黙殺された模様である。それではあんまりなので昨春プロコフィエフ生誕百二十年を祝う「キジェー中尉」上映会(
→この催し)の折に少しだけ音を流して紹介した。
昨日に引き続き、改めてこの貴重な「ペーチャ」録音を聴いてみるのも悪くあるまい。
プロコフィエフ:
ペーチャと狼 Петя и волк
語り/ナターリヤ・サーツ Наталия Ильинична Сац
エヴゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ソヴィエト国立交響楽団1960年代?、モスクワ
Vенеция CDVE04392 (2010)
ここでナレーションを担当する
ナターリヤ・サーツ(1903~1993)とはほかでもない、1936年プロコフィエフに「ペーチャと狼」を依嘱した当のご本人なのだ。この一事だけからも当盤がいかに値千金か察しられよう。
ナターリヤ・サーツについては拙ブログでも話題にしたことがある。
→「ピーターと狼」はこうして生まれた(1)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(2)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(3)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(4)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(5)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(6)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(7)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(8)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(9)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(10)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(11)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(12)→「ピーターと狼」はこうして生まれた(13)三年前ここまで書いて力尽きた。ずっと中断したままなのが恥ずかしい。
無闇矢鱈と長いので(4)から彼女のキャリアを抜粋すると、
彼女の名はナターリヤ・サーツ Nataliya Sats (Наталия Сац 1903‐1993)といった。
ナターリヤの父はイリヤ・サーツ Ilya Sats(1875‐1912)という作曲家で、スタニスラフスキーに請われて創成期のモスクワ芸術座で座付作曲家を務め、メーテルリンクの『青い鳥』などいくつもの舞台音楽を書いたが、三十七の若さで急逝した。幼くして父を失ったサーツ家はただちに困窮するが、幼いナターリヤは周囲のモスクワ演劇人、とりわけ演出家ワフタンゴフの励ましを受けて、彼女のふたつの情熱、すなわち音楽と演劇の道を模索し始める。
1917年のロシア革命とそれに引き続く激動の時代がナターリヤの情熱に拍車をかけた。1918年、ピアノ伴奏による人形劇を上演したのを手始めに、子供たちを観客とする公演活動にヴォランティアで情熱的に打ち込んだ。彼女の結成した小劇団は常打ち小屋をもたず、団員も無給だったが、やがて彼女の試みが次世代の育成に心を砕く革命政府の認めるところとなり、1921年に公立の「モスクワ児童劇場」として正式に発足をみた。このときナターリヤ・サーツは十八歳の若さだった。
サーツは「アラビアン・ナイト」から「ハイアワサ」まで、古今の多くの物語に想を得るとともに、同時代にも題材を得ながら、座付作曲家レオニド・ポロヴィンキンと組んで多くの新作を送り出した。演劇、オペラ、バレエ、人形劇、サーカス、パントマイムなど既存のジャンルから子供たちにアピールする要素を抽出し、それを独自のやり方で組み合わせ、心弾むスペクタクルを創り上げた。児童演劇のパイオニアとしての彼女の果敢な営みは、やがてソ連国内のみならず広く世界に喧伝され、モスクワを訪れた文化人たちはこぞって彼女の劇場に足を運ぶようになる。二児の父親としてプロコフィエフが子供たちのための音楽に強い関心を抱いたのは当然の成り行きだろう。家族連れでナターリヤ・サーツの児童劇場に何度も足を運んだというのも理解できる。サーツが自伝で回想するように、プロコフィエフが彼女の劇場のために作曲するという計画は驚くほどの短期間のうちに発案され、実行に移されたのである。構想から初演までの猶予期間はほんの一か月足らず。しかも作曲家は台本まで自作しているのだ。
当時のサーツはソ連が誇る若き文化人として名声の絶頂にあり、その児童劇場の活動は国際的に喧伝されていた(英・仏・独語版の解説書が刊行され、日本でも熱心に紹介された)。1936年には彼女の「モスクワ中央児童劇場」はモスクワ中心部のスヴェルドルフ広場に面した一等地(ボリショイ劇場にほど近い場所)に移転を果たしたばかりだった。ソ連の規範的な作曲家たらんと欲するプロコフィエフの眼に、サーツの姿が心強く好もしい協働者と映ったのも不思議ではない。
(まだ聴きかけ)
またも上京し帰宅が遅くなった。だが眠る前にちょっと聴きたい曲がある。五月五日だから、という理由ばかりぢゃないのだが。
"Golovanov vol. 2"
ボロディン:
交響曲 第二番*
プロコフィエフ:
ペーチャと狼 Петя и волк**
リムスキー=コルサコフ:
貴族たちの行進 ~「ムラーダ」***
グリンカ:
幻想的円舞曲****
ラフマニノフ(ブランコフ編):
ヴォカリーズ*****
語り/ヴェーラ・マレツカヤ Вера Петровна Марецкая**
ニコライ・ゴロワーノフ Николай Семёнович Голованов 指揮
モスクワ放送交響楽団* *** ****
ソヴィエト国立交響楽団**
モスクワ放送交響楽団チェロ奏者十人*****1947、1947、1946、1949、1945年、モスクワ
Gland Slam GS-2004 (2001)
冒頭のボロディンの誇張された表情や恣意的なテンポにうんざりするが、当アルバムの価値はその次の「
ペーチャと狼」にある。「ピーターと狼」ならぬ「ペーチャと狼」、すなわちオリジナルのロシア語ナレーションを伴う史上初の録音である点に価値がある。戦後間もない1947年、ソ連での稀少な演奏記録なのだ。
主人公はロシアの少年とわかっているのに彼の名を「ピーター」と呼び慣わすのは何故なのか。それは同曲の最初期の録音が米国で三つたて続けに出たという事実と恐らく無関係ではないだろう。ナレーションは当然ながら英語版である。
1939年4月12日録音 指揮=Serge Koussevitzky 語り=Richard Hale
1940年3月録音 指揮=Alexander Smallens 語り=Frank Luther
1941年7月11日録音 指揮=Leopold Stokowski 語り=Basil Rathbone附言するなら最初の映像化も米国でなされた。監督は勿論ウォルト・ディズニー。
1946年8月15日封切 短篇 "Peter and the Wolf" 語り=Sterling Holloway
~オムニバス・アニメーション映画 Make Mine Music 第七部こうして列挙すると、第二次大戦を挟む期間、米国で「ピーターと狼」が逸早く大衆的な人気を獲得する過程がくっきり浮かび上がってくる。プロコフィエフの平易な音楽が国境を越え愛されたということもできようが、その背景には米ソが連合国同士だったためソ連の同時代音楽が優遇されたという裏事情も絡んでいよう。名うての反共主義者ディズニーがプロコフィエフの要請(両者は1938年2月28日ハリウッドで面談した)に応じて最初のアニメ化を実現したというのも歴史の皮肉だろうか。
ディズニーのアニメ映画を含め、ここまでの米国でのナレーターがどういう訳か申し合わせたように全員男性というのも些か奇妙な現象である。1938年にボストン交響楽団が作曲者の指揮で米国初演された際(3月25、26日)にリチャード・ヘイル(クセヴィツキー盤の朗読者)が起用された顰みに倣ったのだろうか。まさかね。
それはさておき、ここで聴くのは本家本元のソ連での初録音である。クセヴィツキーの後塵を拝すること八年、ディズニーのアニメにすら遅れをとった訳だが、当時のソ連の困難な録音事情を考慮するなら仕方のないことだろう(当時、プロコフィエフやショスタコーヴィチの交響曲の世界初録音は悉く米国に先を越されている)。とにかくプロコフィエフの生前に「ペーチャ」のディスクが出たのだから良しとしよう。
ニコライ・ゴロワーノフの芸風はプロコフィエフとは全く水と油に思えるが、1927年に歌劇「三つのオレンジへの恋」をボリショイ劇場で初めて指揮したのは彼だったし、あの悪名高いスターリン讃歌「乾杯」の世界初演(1939年12月21日)もゴロワーノフがタクトを執った。サモスードほどではないにせよ彼なりにプロコフィエフ解釈に一家言ある指揮者だったのだろう。因みにゴロワーノフの生歿年(1891~1953)はプロコフィエフときっかり同じ。その割には古風なスタイルの指揮というほかない。
ところが大方の予想に反してゴロワーノフの「ペーチャと狼」は穏やかで抑制のとれた好もしい演奏である。随所に生き生きとした表情が漲るが、奇矯なデフォルメや大仰な表情過多はどこにもない。規範的な名演といってよかろう。
この重要な録音のCD化は本盤が世界初、今なお唯一無二の音源なのである。だから倫敦のプロコフィエフ・アーカイヴにも収蔵されている。稀少なSP盤を発掘し、自らのレーベルから覆刻した平林直哉氏の大手柄なのだ。
ここでナレーションを務める
ヴェーラ・マレツカヤは元のSP盤のレーベルには "В. П. Марецкая" とあるばかりだが、察するに戦前から戦中にかけソ連で絶大な人気を博した映画女優ヴェーラ・ペトロヴナ・マレツカヤ(1906~1978)その人だろう。ボリス・バルネット監督の無声喜劇の秀作《
トルブナヤの家 Дом на Трубной》(1928)でヒロインの田舎娘を瑞々しく演じた彼女である(
→この人)。
実を云うとソ連初の録音なのだから本来ならナレーションは別の人物が担当するのが筋だった。その任に最も相応しい女性がいたのである。だが運命はそれを許さなかった。何故なら彼女は当時モスクワに居なかった。スターリン粛清の標的とされ、死罪は免れたものの、五年間に及ぶ過酷なシベリア強制労働ののちカザフスタンのアルマ=アタに追放中の身だった。明日はその話をしよう。
明けて五月三日は指揮者
エヴゲニー・スヴェトラーノフの命日。もう歿後十周年なのだという。
生前はその芸風にどうしても馴染まず、一度も実演を聴かず仕舞だったのだから、追悼する資格なぞ殆どなきに等しいのだが、幾ばくかの微かな思い出はある。とりわけロジェストヴェンスキーと並ぶ駿才として売り出し中の1960年代、若きスヴェトラーノフには好もしい印象なきにしもあらず。グラズノーフの第八交響曲(旧盤、モスクワ放送交響楽団を指揮したもの)など、実に瑞々しい素直な演奏だったという記憶が鮮烈にある。もう四十数年も聴いていないのだが。
つい最近、そんな大昔の聴取体験を裏書きするようなスヴェトラーノフの面目躍如たる若き日の爽演が遂に覆刻された。嬉しいなあ。
"Overtures by Russian Composers"
グリンカ:
「ルスランとリュドミラ」序曲
ボロディン(グラズノーフ編):
「イーゴリ公」序曲
ムソルグスキー(リムスキー=コルサコフ編):
「モスクワ河の夜明け」 ~「ホヴァンシチナ」序奏
リムスキー=コルサコフ:
「サトコ」序奏
「五月の夜」序曲
「皇帝の花嫁」序曲
「プスコフの乙女」序曲
エヴゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ボリショイ劇場管弦楽団1963年、モスクワ
Мелодия MEL CD 10 01824 (2011)
まことに天馬が空を駆けるが如き、どこにも逡巡や躊躇のない直情的で胸のすくような快演の続出ぶりに、「この指揮者は只者ぢゃあるまい」と幼いながら予感した田舎の高校生の直観は正しかったのだと今にして思う。
(まだ聴きかけ)