モーリス・センダックの名を初めて意識したのは1970年前後ではなかったか。洋書店で二冊の絵本 "Mr. Rabbit and the Lovely Present" と "Where the Wild Things Are" の廉価版ペーパーバックを手にしたのが端緒だと思う。
すでにマインダート・ディヤングの童話『コウノトリと六人の子どもたち』『キャンディいそいでお帰り』『いぬがやってきた』などで挿絵を目にする機会があったから、わが国でもまるきり未知の人というわけではなかったが、絵本作家としての力量はまだ殆ど認知されていなかったはずだ。
とにかく繊細で緻密な仕事をする人だというのが第一印象。とりわけ、兎と少女の交友を淡彩でほのぼの描いた "Mr. Rabbit and the Lovely Present" に惚れ込んだ。でも "Where the Wild Things Are" のほうは正直なところ感心しなかった。変てこな着ぐるみ坊やが桃太郎よろしく舟で「荒くれたち(the Wild Things)」の住む島へ渡って連中を手なずけるという、ただそれだけのお話ですからね。ほどなく邦訳版『いるいるおばけがすんでいる』(ウエザヒル出版社)も手に入れて読んでみたけれど、印象は全く変わらなかった。こんな絵本、どこが面白いんだろう、「行きて帰りし」物語の好例だって? フン、だからどうだって云うんだ!
その後70年代後半あたりからセンダックの絵本の邦訳が怒濤のような勢いで出て、件の絵本も『かいじゅうたちのいるところ』と改題のうえ新訳されて(冨山房)広く読まれた。「おばけ」が「かいじゅう」に変じたわけであるが、この絵本ばかりはどうにも苦手意識が先立って、きちんと再読する機会がないまま今日に至る。
そうそう、80年代にオリヴァー・ナッセンがこれをオペラ化して、グラインドボーン歌劇場の舞台にかけたこともあったっけ。そのヴィデオもあったはずだが、これまた久しく仕舞い込んだままだ。
ところが、ここへきて今度は映画なのだという。それもアニメでなく、堂々たる実写版。単純な「行きて帰りし」絵本が果たしてフィーチャー・フィルムになるのだろうか。
かいじゅうたちのいるところ Where the Wild Things Are
ワーナー・ブラザーズ
2009
監督/スパイク・ジョーンズ
製作/トム・ハンクス、ゲイリー・ゴーツマン、モーリス・センダック、ジョン・カールズ、ヴィンセント・ランディ
脚本/デイヴ・エガーズ、スパイク・ジョーンズ
音楽/カレン・オー、カーター・バーウェル
出演/マックス・レコーズ、キャサリン・キーナー ほか
原作絵本のプロットは単純そのもの。どう考えても短篇映画にしかなりそうもない物語に枝葉を生やし、想像力を駆使してディテールを書き込むのが脚本家の仕事だ。マックスの家族構成は? なぜ彼は暴れ回るのか? 辿り着いた島はどんな場所だったか? 「かいじゅうたち」のキャラクターや内面はどうなっているのか?
(まだ書き出し)