続いて読了したのは一転して獅子文六の評伝だ。
本名は岩田豊雄。フランス演劇の紹介者として知られ、劇団「文学座」の創設に携わり新劇界の重鎮として遇された。ただし一般にはモダンで瀟洒なユーモア小説の書き手、獅子文六として知られていた。小生より上の世代にとってはNHK・TVの連続ドラマ『娘と私』の原作者として馴染み深いのではないか。
牧村健一郎
獅子文六の二つの昭和
朝日新聞出版
2009
生前あれほど人気を博した流行作家で、文化勲章まで貰った人だというのに、評伝が書かれるのはこれが初めてなのだという。これはちょっと意外だ。
小生の関心が演劇人・岩田豊雄のほうにあるからなのか、この評伝はちょっと喰い足りない。いかにも新聞記者らしい手馴れた筆致で明治から戦後の昭和までの生涯が辿られるのだが、エピソードの羅列に傾きがちで、いや、それ自体は面白い読み物なのであるが、一筋縄ではいかぬ複雑な作家の内面に届かないもどかしさが終始つき纏う。足掛け四年に及び、彼の生涯を強く方向づけたパリ時代がたった十八頁で片づけられてしまうのも残念だ。小さな本なので致し方ないのだろうが。
とはいうものの、紹介される彼の小説群はどれもこれも面白そうで、すぐにでも読んでみたくなる。なのに現在のところ新本で入手可能なのは戦時中の『海軍』ただ一冊、あとは随筆集だけというのは余りにも悲しい。
たまたま手許にあるのは『嵐といふらむ』『青春怪談』『箱根山』の三冊。『娘と私』と『父の乳』もあったはずなのだが…。とりあえず、手当たり次第に読んでみようか。