所用を済ませ、とぼとぼ江古田駅まで辿り着いたらもう九時に近い。さすがに空腹を覚えたので、何度か入ったことのある定食屋に駆け込む。カウンターに腰掛けておもむろに夕刊を開くと、紙面の片隅に小さな訃報記事を目にした。
ジャック・カーディフ氏 (英映画撮影監督)
英国映画協会によると、22日死去。94歳。
1947年にマイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー両監督の「黒水仙」でアカデミー撮影賞を受賞。「戦争と平和」(56年)、「ファニー」(61年)でも同賞にノミネートされた。監督としてもD・H・ロレンス原作の「息子と恋人」(60年)でアカデミー監督賞にノミネートされている。映画撮影における生涯にわたる貢献で、2001年にアカデミー名誉賞を授与された。
(ロンドン=AFP時事)
英国人の訃報なのにアカデミー賞ばかり引き合いに出すのが気に入らないが、それはそれとして、冒頭でパウエル=プレスバーガー監督作品『黒水仙』(1947)に言及しているのには全く同感だ。
この映画と、引き続いて同じ監督チームと組んだバレエ映画『赤い靴』(1948)の二作品こそは、テクニカラー撮影による映画史上の金字塔にして、色彩映画が描きだした最も美しい成果であることは誰もが口を揃えて認めるだろう。この二本(正確には第一作『天国への階段』1946を加えて三本だろうか)は、単なる美しさを通り越して、禁断の非現実世界を垣間見るような、空恐ろしさすら感じさせる夢幻的な、否、むしろ夢魔的というべきフィルムだった。
テクニカラー全盛期に遅れて生まれた小生の世代は、パウエル=プレスバーガー=カーディフの傑作群にスクリーンで接するのは1980年代の(何度目かの)リヴァイヴァルの機会を待たねばならなかった。なんとも口惜しい巡り合わせである。
だから、われわれにとってのジャック・カーディフとの出会いは、むしろ彼の映画監督としての仕事、それもいささか冴えない、そこそこ煽情的な一本を通してなされることとなった。『あの胸にもういちど』(1968)がそれである。