(承前)
その女性は淀みない日本語で、リトアニア民族がいかに歴史の荒波に揉まれたか、自分たちにとってチュルリョーニスがどれほどかけがえのない存在であるかを、二十分ほどかけて語り続けた。
彼女はガビヤ・ズカウスキエネさんといい、リトアニア共和国大使館の文化担当官なのだという。東京国際ブックフェアにリトアニアが参加するのはこれが初めてだそうで、ありったけの書籍とCD、それにさまざまな紹介パンフやリーフレット類をブースいっぱいに意欲的に展示している。
CDについては販売もするというので、チュルリョーニスの弦楽四重奏曲や、リトアニア現代音楽のディスクを何枚か買い求めた。するとガビヤさんが「あなたに引きあわせたい人がいます」と、ブースを手伝う若い女性を紹介して下さった。「岸本礼子さんという編集者で、目下ランズベルギスが書いたチュルリョーニスの本の日本語版を編集しているところです」。
その岸本さんと話してみると、驚いたことに彼女がいま編集にかかっている書籍とは、小生が十年ほど前に見つけて愛蔵しているのと同じ "M. K. Čiurlionis: Time and Content" (1992)なのであった。ロシア・東欧のピアノ音楽に詳しい佐藤泰一氏が英語から翻訳中なのだという。
そのとき小生はお節介にもつい口に出してこう言ってしまった。「ああ、あの本はけっこう難しいですね。特にチュルリョーニスは音楽と美術にまたがって活躍しましたから、訳語の選択がややこしい。もしよかったら美術の章だけでも訳文を点検しましょうか。きっと少しは役に立てるかと思う」。そのときはほんの軽い気持ちからこう口にした。思えばこの一言がすべての発端だった。
それから半年近く、間歇的ではあったが、ずっとこの本の校閲と取り組んだ。
作業は当初の予想以上に難航し、美術の章ばかりか、記述全体にさまざまな審級での加筆訂正がなされた。リトアニア語の固有名詞のカタカナ表記に悩み、美術と音楽を関連づけパラレルに語るランズベルギスの晦渋な(それゆえ示唆的な)議論にも苦しめられた。放り出したくなる瞬間も何度かあった。
本書出版の重要性を理解する編集者の岸本さんは、当初は十月とされた刊行予定をクリスマスまで繰り延べて、校閲作業の徹底に途を拓いて下さった。
如何せん小生は音楽の門外漢なので、音楽学を専攻し、チュルリョーニスにも詳しい布川由美子さんに校閲陣に加わってもらい、すべての章を音楽的見地から仔細に読み込んでいただいた。巻末には日本版オリジナルの詳細なディスコグラフィと、全音楽作品リストを新たに附録することにした。これらの作成も布川さんの手になる。
(明日につづく)