今日も穏やかな小春日和。空は高く晴れわたり風も凪いで海辺もひっそり。
五時頃に西の方を眺めると、オレンジ色のグラデーションに染まった夕空を背景に富士山のシルエットがくっきり。壮麗なパノラミック・ヴューにしばし言葉を失い、その場に立ち尽くす。
うかうかしていたら、連載「旅するアート」の次回分の締切が迫ってきた。
二月号ということなので、「冬の旅」をキーワードに相応しい西洋絵画を探す。冬…雪景色…とくれば…やっぱりあの作品しかなかろう。ただし格別「旅」と結びつく絵ではないので、何か切り口を考えて書かねばなるまい。そこが思案のしどころ。
今日は岩波新書のことを少し書き足そうか。11月14日(
→ここ)の続きである。
PR誌『図書』の増刊号「私のすすめる岩波新書」を手にして、小生が記憶に留めるあの本、この本がまるきり推奨されていないことに驚き落胆した。
最も思い出深い一冊である中谷宇吉郎の『科学の方法』(1963)は、さすがに二人の識者(田崎晴明と野依良治)が挙げていたものの、推奨理由が今ひとつ鮮明でないのが残念だ。「科学とは何か」という本質的な問いかけに、これほどまでに的確に、誠実に答えた著作を知らない。中学生の頃に読んで深甚な影響を被った一冊なのである。その後は読み返す機会がないが、今も入手可能らしいのでいずれ再読してみたい。
諸家が奨めるなかで「おや、これは!」と膝を叩いて共感したのは、四方田犬彦が挙げたうちの一冊である。
山田吉彦
モロッコ1951
岩波新書
さすがである。彼の推奨の辞に耳を傾けよう。
①は、石川三四郎とともに日本人として稀有なモロッコ滞在をとげた山田吉彦の旅行記です。世間の道徳を否み続けた きだみのる がフランスのモロッコ植民地化を見つめる眼の鋭さに注目しました。まことにそのとおり。
山田吉彦とは きだみのる の本名である。
もっとも、きだみのる の名そのものが今では忘れられてしまった。戦前のパリ大学で本格的に社会学を学びながら、帰国後はいくつかの専門書翻訳を除けばアカデミックな研究の場に身を置くことを嫌って、東京都下の山村に移り住み、村人との交遊を活写した『気違ひ部落周游紀行』以下の夥しいルポルタージュを世に問うた。そのほとんどが顧みられることがないのは残念である。今となっては山田吉彦の名が岩波文庫版『完訳 ファーブル昆虫記』の共訳者のひとり(相棒は林達夫)として辛うじて銘記される程度ではないか。
三十年ほど前、初めて読んだのは『ドブネズミ漂流記』(1961)。金はないが暇はたっぷりあった二十代の後半、きだみのる の著作を古本で見つければ買った。なにしろどれも無類の面白さなのだ。しかも二百円か三百円で手に入った。
(まだ書きかけ)