寝不足で辛い一日。それでも朝、どうにかこうにか原稿の末尾を仕上げて送信。なんとか締切日にはギリギリ間に合った。
1920年代に端を発した日本におけるロシア絵本の受容が、当初は童画家でも童話作家でもなく、思いがけず漫画家たちによって担われたという仮説はかつて瀬田貞二さんが示唆していたところだが、拙文はそれを肉付けし、いくつか傍証を挙げて証明しようと試みた。さらに、1930年代初頭に大竹博吉・せい夫妻がロシア絵本の受容に果たした役割を新事実から検証する。
いずれも全体像は霧のなかに隠され、わずかに知りうる断片的な事象から、手探りでどうにかこうにか論を進めていく。コレクターの意地をみせて、個々の絵本や片々たる新聞記事に徹底的にこだわり、そこから何が見えてくるか、時間をかけて考え抜いた結果である。本当は二年前すでにわかっていたことなのだが、怠慢な小生はぐずぐずしていて、機会を与えられてようやく書く気になった。
ただし文章はすでに規定の10,000字に達し、このままでは参考図版が掲載できない。夕方になって編集部から「図版ナシでなら全文掲載も可能」と示唆されたが、挿図抜きで論を運ぶのでは説得力が半減だ。ええい、ままよとばかりに、原稿を大幅にカットすることを決断した。目標は8,500字。辛い作業だけれど、致し方あるまい。
少しでも元気を出そうと、溌剌たる音楽で喝を入れる。
レーガー: ヒラーの主題による変奏曲
シューマン: 交響曲 第四番
ベルリオーズ: 「ベンヴェヌート・チェッリーニ」序曲
フリッツ・ブッシュ指揮 北西ドイツ放送交響楽団
1951年2月25、26日、ハンブルク (実況)
Treasure of the Earth TOE 2074 (2001)
期待しなかったと言えば嘘になる。フリッツ・ブッシュの急逝直前の放送局録音。まずシューマンを聴いて、その生命力の炸裂に心底たまげる。これは途轍もない演奏だ。ザッハリヒで直截的で、強烈な訴求力に満ちる。レーガーの率直な語り口、ベルリオーズの一気呵成も素晴らしい。怪しい海賊盤ながら、これは人類の宝たりうる。