火事場の馬鹿力といおうか、昨日から書き始めた原稿が6,000字まで来た。これで七割がた仕上がったことになる。
自ら課したテーマは、1920年代におけるロシア絵本の日本への移入。乏しい材料をもとに推論を進めるので、しばしば立ち止まって「本当にそうなのだろうか」と自問しながらの作業になる。確たる証拠が出揃ってから書きたい題材なのだが、そうも言ってはいられない。人生は短いのだ。
今日もラヴェルの『子供と魔法』。どうやらとり憑かれてしまったようだ。家人からも「同じものをまた聴いている」と揶揄される始末。違うのだ、今日のは演奏が、と言い返したかったが口を噤む。家ではおとなしくしているのが身のためだ。
昔からそう信じ、今日もまたそれを確認したのであるが、この童話オペラの史上最高の演奏は、ロリン・マゼル指揮の古い盤だ。歌唱、役づくり、管弦楽の細部、あらゆる点において、これは完全無欠。ラヴェルの繊細無垢、精緻綿密、ノンシャラン、放埓、シニカルな諧謔、そのすべてが理想的な形で渾然一体となっている。
このときロリン・マゼルの許には「フランス音楽の神様」が降りたっていた。そうとでも考えないと、この奇蹟的な演奏が如何にして可能だったのか、どうにも説明ができそうにない。
モーリス・ラヴェル:
子供と魔法
子供/フランソワーズ・オジェアス
ママン/中国茶碗/蜻蛉/ジャニーヌ・コラール
安楽椅子/雌猫/栗鼠/羊飼/ジャーヌ・ベルビエ
火/王女/夜啼鶯/シルヴェーヌ・ジルマ
蝙蝠/梟/女羊飼/コレット・エルツォグ
肘掛椅子/樹/ハインツ・レーフス
大時計/雄猫/カミーユ・モラーヌ
ティーポット/小さな老人(幾何学)/雨蛙/ミシェル・セネシャル
ロリン・マゼル指揮
フランス放送合唱団
フランス放送国立管弦楽団
1960年11月、パリ、サル・ド・ラ・ミュテュアリテ
Deutsche Grammophon 423 78-2 (1988)