昨日、ケン・ラッセル愛好家として名高い大盛招き猫堂さんから思いがけなく懇切なコメントをいただき、嬉しくなって返信コメントを差し上げるとともに、遙か昔の高校二年の冬(1970年2月)NHK・TVで観たケン・ラッセル監督のTV映画『夏の歌 Song of Summer』のことを懐かしんだ。老いて盲いた作曲家フレデリック・ディーリアスの晩年を深く静かに、感動をこめて描き出した伝記映画である。間違いなくわが生涯のベスト・テン、否、ベスト・スリーに入る作品だ。
あの映画との出逢いは、小生のその後の人生を確実に変えた。芸術作品の彼方に、それを生み出した作家とその生涯、さらにその背景をなす時代精神が横たわっているのだと思い知り、作品を愛し語るにはそれらすべてを探る必要があるのだ、という切実な思いに駆られたのだ。
及ばずながら、現今の小生が密かに目指し、目論んでいる悉くは、この幼くも大それた野望の延長線上にある。そう悟ったとき、ラッセル監督に心から感謝したい気持ちになった。あなたこそ、わが師匠です、と。
そんな思いを抱きながらフラリと足を向けた新宿の中古CDショップで、ほかならぬそのディーリアスの管弦楽曲「夏の歌 A Song of Summer」を含む未知のアンソロジーを見つけてしまった。なんというシンクロニシティであることよ。
"Best of British from BBC Proms 2007"
ウォルトン: 序曲「ポーツマス・ポイント」*
エルガー: チェロ協奏曲**
ブリテン: 四つの海の間奏曲***
ディーリアス: 夏の歌****
オリヴァー・ナッセン: ヴァイオリン協奏曲*****
マイケル・ティペット: 三重協奏曲******
リチャード・ロドニー・ベネット: トマス・カンピオンの四つの詩*******
チェロ/ポール・ウォトキンズ**
ヴァイオリン/レイラ・ジョゼフォウィッツ*****
ヴァイオリン/ダニエル・ホープ ほか******
イジー・ビェロフラーヴェク* ** ***
アンドルー・デイヴィス**** ******
スティーヴン・ジャクソン*******指揮
BBC交響楽団
2007年7, 8月、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール (実況)
Deutsche Grammophon 477 7352 (2007)
末期の梅毒に冒され視力と四肢の自由を奪われたディーリアスを、うぶで傷つきやすい青年フェンビーが献身的に支えるという映画『夏の歌』の内容については、拙著『12インチのギャラリー』でありったけのオマージュを捧げたので、ここでは贅言を重ねまい。ただ一言「なんとしても観るべきだ」と記すのみ。
さてその二人が協力して完成させた楽曲のほうだが、アンドルー・デイヴィスの指揮が実に良い。深々とした呼吸と悠揚迫らぬテンポ設定が、この曲の静謐なノスタルジーを余すところなく伝えている。往時のバルビローリの名演に迫る出来栄え。そもそも『夏の歌』を実況録音で聴くというのも、これが初めてだと思う。
このアンソロジーは選曲が考え抜かれている。新旧の英国近代音楽の恰好のアンソロジーというにとどまらず、エルガー一曲を除いては悉くかつて「プロムス」で世界初演(あるいは英国初演)がなされたものばかり、というセレクションが心憎い。最終曲はこの演奏が世界初演。これは「プロムス」回顧のプログラムでもあるのだ。
渋さに徹したエルガーのチェロ協奏曲の演奏が好もしいし、しっかりとした設計に基づくビェロフラーヴェクの指揮が光るブリテン「四つの海の間奏曲」も推奨に値しよう。ナッセンやティペットの協奏曲も愉しめる。
真夏の夜更け、小さめの音でこの二枚組を聴きながら、今まさに繰り広げられつつあるはずの英京での今年のPromsを遙かに偲ぶ。ああ、飛んでいけたらなあ!