どうやら原稿執筆は軌道に乗ったらしく、一気に六割がた書き進んだ。これでなんとか目鼻がつきそうと安堵し、心のゆとりが生じてCDの棚に手が伸びる。
先日、別棟の書庫でいろいろ架蔵のディスクを漁ったときに、思いがけず転がり出た二枚組。いつどこで手に入れたのやら、とんと記憶にない。
"Myra Hess: A Vignette"
モーツァルト: ピアノ協奏曲 第二十一番*
ハイドン: ソナタ 第三十七番 ニ長調
シューベルト:
ソナタ イ長調
「ロザムンデ」より バレエ音楽 第九番
ピアノ三重奏曲 第一番**
ブラームス: ピアノ三重奏曲 第二番***
ピアノ/マイラ・ヘス
レズリー・ヒュワード指揮 ハレ管弦楽団*
ヴァイオリン/イェリー・ダラーニ** ***
チェロ/フェリックス・サルモンド**、ガスパール・カサド***1942年3月2, 4日、マンチェスター
1945年1月12日、ロンドン
1928年2月16, 17日、アメリカ
1928年2月17日、アメリカ
1927年12月28-30日、アメリカ
1935年10月25日、ロンドン
apr (Appian Publications & Recordings) CDAPR 7012 (1990)
これは凡百の歴史的名演アンソロジーとは訳が違う。ほとんどの演奏が初覆刻らしいし、そもそもモーツァルトの協奏曲はいったん収録されながら「お蔵入り」となった未公刊録音。こんな宝が近年まで埋もれていたとは!
シューベルトとブラームスの三重奏では、あの伝説的なハンガリーの女性提琴奏者 Jelly d'Aranyi が聴けるのが驚きだ。バルトークの1920年代における「ミューズ」であり、彼に二曲のヴァイオリン・ソナタを書かせる原動力となったダラーニ嬢である。かのラヴェルをして「ツィガーヌ」を作曲せしめたのもほかならぬ彼女だ。そのイェリー・ダラーニがマイラ・ヘスと組んで、二十年もの間しばしば共演していたことを、たった今このCDのライナーを読んで初めて知った。
さあ、どんな演奏なのであろうか。これは耳をそばだて、心して聴かねばなるまい。
ちなみに、このダラーニ嬢をめぐるバルトーク、ラヴェルの入り組んだ葛藤(音楽上の、ですよ)については、伊東信宏さんの評伝
『バルトーク 民謡を「発見」した辺境の作曲家』(中公新書、1997)に詳しい。えっ、そんな本、知らないって? それははっきり言って恥ですぞ。目から鱗がごそっと落ちる必読の名著なんだから。