(この日に限って、当日書き留めた長い日記があるので、それを再録する。)
全くもってうそ寒い朝。雨は降り止む気配もない。
八時半、ホテルのカフェでコンチネンタル・ブレックファスト。こうしていても仕方ないので、意を決して九時に出発。DLRとジュビリー、ヴィクトリア両ラインを乗り継いでハイベリー&イズリントン駅に到着。先日(21日)エディさんとご一緒した街だ。ここを再訪するとは思いもよらなかったが、今日はこの近くの教会でヴィオラとピアノの二重奏のコンサートがあるという。
篠つく雨のなかを我慢して、セント・ポール・ロードなる一本道を二十分ほど歩くと、通りのどん詰まりに古びた教会堂が右手に見えた。これがセント・ポール教会。『タイム・アウト』には会場名 "The Nave" とあるが、なんのことはない、この教会の本堂をこう称しているらしい。ネイヴとは「身廊」、すなわち教会堂の大空間のことをいう。十時なのに、教会の表も裏も、堅く閂がかかったまま。なかに電灯が灯っているので、おおかたリハーサルをやっているのだろう。木立の下でしばし雨宿り、煙草をふかしていたら、ようやく十時四十五分に裏口が開いた。
招じ入れてくれた世話人とちょっと話す。なんでもこの寺は疾うに無住になり、すっかり荒れ果てているところをヴォランティアの人たちが借り受けて、ここで「シュタイナー教育」を子供たちに施したり、こうして日曜ごとにコンサートを催しているのだという。リハはなお続いているらしく、堂内からはヴィオラの魅力的な旋律が漏れ出てくる。われわれのいる玄関(前室)では受付(入場料十ポンド)と、お茶と菓子のサーヴィスが開始される(こちらは一ポンドの喜捨)。
リハが終わり、出てきたヴィオラ奏者が持参した自主制作CDを並べ始めたので、早速手に取る。収録曲目に今日の演目でもあるレベッカ・クラークの小品「モルフェウス Morpheus」があるので、一も二もなく購入。鍾愛の曲だからだ。ご当人に代金十ポンド也を支払いつつ、「東京から来ました。レベッカ・クラークの『モーフィアス』は my favourite なんです。でも生で聴くのはこれが初めて」と申し述べると、さすがに「わが意を得たり」とばかりに相好を崩し、「ボクも大好きだよ、愉しんでいってくれ給え」と言葉を返した。
時間が来て堂内に招じ入れられて驚愕した。この荒廃ぶりはどうだ! 漆喰は剥がれ落ち、開口部はすべてベニヤ板で塞がれ、天井や柱の今にも崩れそうな箇所をグリーンネットで覆ってある。悲惨そのものの状況、永らく礼拝に用いられていないことは明らかだ。しかしながら、コンサートはきわめて上質だった。
11:30- The Nave, arts and performance space
ブリッジ・デュオ The Bridge Duo
(ヴィオラ/マシュー・ジョーンズ、ピアノ/マイケル・ハンプトン)
ヨーク・ボウエン: ヴィオラ・ソナタ 第二番
レベッカ・クラーク: モルフェウス
プロコフィエフ (ボリソフスキー編): 組曲「ロミオとジュリエット」より
序奏〜街路は目覚める〜少女ジュリエット〜騎士たちの躍り
(アンコール)
〜マーキューショー何しろ曲目が滅法よい。ヨーク・ボウエンの親しみやすい曲想もいいし、レベッカ・クラークは絶妙の一語に尽きる。名演だ。最後のプロコフィエフは、ルドルフ・バルシャイのCDで聴いた覚えがあるが、なかなか面白い聴きものだ。今日のヴィオリストは若いが、それなりのキャリアを積んだプロフェッショナル、歌心の篭もった演奏を満喫した。雨のなか、聴きに来てよかった!
十二時四十五分終演。路線バスでセント・ポール大聖堂近くまで出る。そこから地下鉄でオックスフォード・サーカスへ。雨上がりの街をしばらく歩き、先日出掛けたヘンデル・ハウス・ミュージアムを再訪。今日もここの音楽室でレクチャー・コンサートがある。受付で尋ねると、まだチケットがあるという。どうやら最後の一枚だった模様。展示を少しだけ観る。
二時半に開場。隣席の老婦人から「日本のお方?」と声をかけられ、しばし四方山話。なんでも息子さんがフィルハーモニア管弦楽団のハープ奏者だそうで、日本にも演奏旅行で訪れたという。彼女自身も広島にお知り合いがおり、一度訪日したことがあるそうな。好きな作曲家はブリテン。オペラが特に好みだという。このご婦人の英語はたいそうよくわかったのだが、三時から始まった肝腎のレクチャーは早口過ぎてチンプンカンプン。悔しいなあ。
15:00- Handel House Museum
Weekend Event "The Polly Row, or Scuffles between Rival Queens"
ソプラノ/Alexandra Schoeny, Georgia Ginsberg
チェンバロ/Pawel Siwczak
レクチャー/Dr Berta Joncus
ジョン・ゲイ&ペプッシュ:『乞食オペラ』より アリアと二重唱要するに、『乞食オペラ』の台本作者であるジョン・ゲイとヘンデルとの確執、そこに歌姫たちのライヴァル関係が絡んだ複雑な人間関係の話だった(と思う)。『乞食オペラ』のさわりが歌われたのが興味深く、ポリーとルーシーの掛け合いなど、ブレヒト=ワイル顔負けの面白さ。
三時四十五分終演。ヒアリング能力の限界を知り、すごすごと退室。
ここからオックスフォード・ストリートをトッテナム・コート・ロードまで歩き、更にチャリングクロス・ロードをレスター・スクエアまで歩く。その途中、HMVショップでトルミスのCDを二枚購入。
こうして馴染の街路を歩くうちに、だんだん「倫敦の見納め」という寂しい心持ちになる。どういう訳か、もう当分この街に戻って来られないような気がしてくる。
五時四十五分、サウスバンク着。コンサート前の腹拵えをと思うのだが、ろくな食材にありつけない。ありきたりなサンドウィッチと、エルダーフラワーの炭酸割り。これも「飲み納め」か、と思う。川風が肌に冷たい、chilly cold だ。
ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(RFH)のショップで、このホールの歴史を記した "A Festival on the River" という本を手にする。戦後間もなく、この場所は汚らしい場末の麦酒工場跡地だったのだという。珍しい写真満載の面白そうな読み物だ。
そのあと係員から当夜のプログラムを購入。表紙を開くと、またしても演奏家のキャンセルの告知。ピアノ独奏のエレーヌ・グリモーが「手の軽い怪我」で欠場なのだという。すっかり免疫ができてしまい、ベツニ、ナンモ、怒りも驚きも感じなくなってしまった。
七時ジャスト、開場とともにRFHへ。お懐かしや! ここは思い出深い場所だ。改装工事で様変わりしたかと思いきや、内部は昔(八年前)と少しも変わっていない。正面のオルガンのパイプが部分的に取り外され、なんともみすぼらしい(修復中なのだとか)。しばし感慨にふけっていると、いつしか開演時刻が迫ってきた。
19:30- Royal Festival Hall
ヴラジーミル・ユロフスキー指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ピアノ/エヴゲニヤ・ルビノーワ Evgenia Rubinova (代役)
マティアス・ピンチャー: オシリスへ向かって towards Osiris
シューマン: ピアノ協奏曲
ブラームス: 交響曲 第一番当夜の指揮者はロシア生まれ、ドイツ育ちの期待の俊英。早くも父ミハイル(同じく指揮者)を凌ぐ人気と実力を身につけたという。2001年、若くしてグラインドボーン歌劇場を任され、昨年このロンドン・フィルの正指揮者に就任したばかり。ノエル先生は彼が振ったプロコフィエフの第五交響曲を絶賛されていた。当夜の曲目には一向に食指が伸びなかったが、それでも聴いてみる気になったのは、偏にその異例というべき評判の高さ故だ。
盛大な拍手に迎えられ、ユロフスキーが颯爽と登場。起居振舞はきびきびと敏捷、面構えも精悍そのもの、いかにも若きマエストロ然としている。
冒頭のピンチャーは先日のブーレーズ&LSOの定期でも採りあげられた作曲家。先日のが『オシリス』、今日のが『オシリスのほうへ』。紛らわしいが、こちらは世界初演とのこと。十分位の曲で、音色混合に工夫を凝らした音楽ではあるが、それ以上の感想は浮かばない。先日と同様、客席に作曲者がいて、終演後に舞台で拍手を受けた。
次のシューマンは代役ピアニストの準備不足がありあり。ほうぼう破綻をきたして気の毒だった。これで彼女の力量を云々しては酷というものだろう。
休憩を挟んでのブラームス。ここでようやくユロフスキーの音楽創りの一端が窺えたように思う。この曲は昔から苦手だ。徒な深刻ぶりが堪えられない。そんな小生にとって、冒頭の重苦しい序奏を思いきり早足で駆け抜ける解釈は救いだ。ブラームス特有の重苦しい生真面目さを払拭し、瑞々しい音楽を紡ぎ出す。対向配置(左から 1st vn, vc, va, 2nd vn)も繊細な書法を強調していた。もたつきは極力避けられ、颯爽たる足取りで音楽は速やかに前進する。
ユロ氏のオーケストラ掌握能力は一見して明らか。抜群である。このような指揮をいつかどこかで目にしたことがあった、それも大昔…。誰だろうか、としばし考えて、60年代末に接した若き日の小澤征爾であることに気づく。彼が巨匠として大成するか、それとも小澤のような隘路を辿るかはなんともいえない。九時四十分終了。
ウォータールーからジュビリーとDLRで帰宅。十時四十分グリニッジ帰着。小降りだが雨はなかなか降り止まない。