久しぶりに佐倉の川村記念美術館を訪れる。十五年間も勤めた元の職場を客として訪れるのは、言いようのない懐かしさとともに、どこか身の置きどころのないような奇妙な感覚を伴う。
昨年七月から増改築のため休館していたこの美術館は、すべての改修工事を終え、今日その新たな姿をわれわれの前に現す。実は昨年末、用事でここを訪れた際に、新築された「ロスコ・ルーム」と「ニューマン・ルーム」を見せていただいたのだが、そのときはまだ絵が飾られてはおらず、正直なところそれらがどんな空間になるのか、まるで見当がつかなかった。
今日は春の特別展「マティスとボナール」のオープニングであるとともに、新装なって展示面積が1.5倍になったという美術館の空間そのもののお披露目を兼ねる。
二時きっかりに到着し、足早に林間道を抜けて美術館のエントランスホールへ。すでに入りきれぬほどの招待客が玄関から外に溢れている。人垣の遙か彼方で主催者・来賓の挨拶が続くが、声はすれども姿はサッパリ拝めない。小生の在任中にこれほど混み合ったオープニングは一度もなかったなあ。リニューアル・オープンへの期待の大きさの顕れだろう。
テープカットが済み、ようやく入場が許された。足早にいくつもの展示室を抜け、渡り廊下ふうの通路を抜けて、新設「ロスコ・ルーム」へ。ここの所蔵するマーク・ロスコの連作(シーグラム壁画)は七点の大型カンヴァスから成るので、それにあわせて七角形の展示空間が現出したわけだが、心配していたような違和感は微塵もなく、部屋の広さも、天井高も、絵と絵の間隔もきわめて適切。以前の旧「ロスコ・ルーム」の息苦しいような狭さを好む人もいようが、それぞれの絵が静かに響き合い、玄妙な和音を奏でる今回の展示室のほうが一日の長があるように思う。
そこから回り階段で二階へ上がるとそこは新「ニューマン・ルーム」。バーネット・ニューマンの巨大カンヴァス『アンナの光』をただ一点だけ展示する贅沢な空間だ。驚いたことに絵の左右には彎曲した硝子窓があり、カーテン越しにそこから外光が取り込まれる。今日は曇天だからさほどではないが、よく晴れた日には少なからぬ陽光が入ってくることになり、これが真紅のニューマンを凝視する鑑賞行為の妨げになりはしないか、いささかの危惧が残る。晴天の日に再度これを確かめてみたい。
(明日につづく)