千葉なんぞに居を構えた当方がいけないのだが、東京も新宿、渋谷から先、私鉄に乗り継いで出向く場所がひどく遠方に感じる。
実際の距離もさることながら、心理的な遠さが如何ともしがたい。下北沢も三軒茶屋も充分に遠いし、まして用賀となれば出向くのがひどく億劫になる。
そんなわけで、ずるずる一日延ばしにして、遂に展覧会最終日になってしまったので、意を決して世田谷美術館へ出かける。再三ここで話題にした「パラオ──ふたつの人生 鬼才・中島敦と日本のゴーギャン・土方久功」展である。
結論から言ってしまうと、これはどうにも期待外れの展覧会。もともと危惧していたのだが、中島敦セクションの展示がどうしようもない。ここは文学館でないのだから、いくら生原稿を並べても、それ自体が「作品」ではない以上、生身の人間像が立ち現れてくるというわけにはいかない。ではどうすればいいのか、と問われても答えようがないのだが、美術館の空間が虚しくガランと見えたことは否定できない。
土方のセクションにも疑問が残る。世田谷美術館には土方家から百二十点もの作品が遺贈されているのだが、そのほとんどが戦後の作品であり、1929年から42年までのパラオ在住時の作品はほとんど含まれない。今回の展示に必要不可欠なのはまさにこの時期の制作物なのではないか。かつて同館では1991年に「土方久功展」を催しており(小生は未見)、そのときのカタログによれば、数こそ少ないながらパラオ時代の作品が展示されていた。
今回の展覧会がなぜ戦後作ばかりで構成されたのか、全く理解に苦しむ。パラオの習俗を扱ったそれらの作品群は一見いかにもゴーギャン風でプリミティヴに見えるものの、実はどれも予定調和的に型に嵌っていて、まとめて見るといかにも退屈。レリーフ作品に特にその傾向が顕著である(むしろ、身近な犬猫に不思議なデフォルメを加えた丸彫作品に面白さがあった)。
中島敦と土方久功というふたりに着目する問題の立て方は間違っていないし、魅力的な主題に違いないのだが、それなら岡谷公二の著作を読むに如くはない。わざわざ遠路はるばる美術館に足を運ぶに価しない展示だったのが悔やまれる。これでますます世田谷美術館から足が遠のくことは必定である。
売店で購めた展覧会カタログは読み応えがある。むしろ展覧会はこの書物を刊行する口実だったのではないか、と思われるほどの充実ぶりだ。ふたりの遺文がいろいろ読めるし、橋本善八、岡谷公二、勝又浩の各氏の論考はそれぞれ裨益するところ大。これと岡谷さんの一連の著作とを併せ読むと、いやがうえにもイマジネーションが刺激されるだろう。
さっさと美術館をあとにしたので、帰宅は三時ちょっと過ぎ。欲求不満が募ってならないので、別棟の書庫へ出向いていろいろ参考書を探索してみた。先述した1991年の展覧会カタログのほか、次のような数冊が出てきた。
土方久功 『流木』 小山書店、1943
土方久功 『文化の果にて』 龍星閣、1953
岡谷公二 『南海漂泊 土方久功伝』 河出書房新社、1990
いずれも十年ほど前に古本で見つけ一読したきりなので、改めて熟読してみようと思う。