時間を工面して今日もフィルムセンターのマキノ雅弘特集。滅多に観る機会のない『不沈艦撃沈』(1944)、そして極めつきの傑作『人生とんぼ返り』(1955)の二本。
休憩時間、客席に南陀楼綾繁さんのお姿を発見。近況報告を兼ね少しだけお話する。彼はこのところフィルムセンターに日参して、一、二本ずつ観ているのだそうだ。
人生とんぼ返り 1955
森繁久弥+山田五十鈴+河津清三郎+左幸子
つい先日観た『殺陣師段平』(1950)の五年後のリメイク、細部に至るまでほとんど同一の話だし、ヒロインの山田五十鈴まで共通するのだが、これもまた惚れ惚れするような出来映えだ。
森繁の「なりきり」演技を巧いとみるか、クサイとみるかで評価が分かれるかもしれない。いかにも「体当たりで演じてまっせ」という姿勢が鼻につかないではないが、途中からはそれも忘れて、またもや涙がとめどなく流れた。山田五十鈴の素晴らしさは言うまでもないが、今回は娘(養女)役の左幸子の巧みな演技に魅せられてしまった。前作よりもこの娘役が生き生きと造型されているのは、きっとマキノ監督が左の資質に惚れ込んで、きめ細やかな演技指導を施した結果であろう。この映画はやはり数あるマキノ作品のうちでも指おりの至宝である。
この『人生とんぼ返り』公開時のパンフレットが手許にある。
たまたまデパートの古本市で見つけ、マキノ監督にお目にかかったとき、直筆のサインをいただいた。そのとき以来、わが家宝のひとつである。
1987年の暮れだったか、アテネフランセで上映会を兼ねた忘年会があったとき、たまたま監督がゲストで来館されたので、勇を鼓して進み出て、このパンフをおずおずと差し出した。
監督はしばし懐かしそうに見入ったあと、すらすらと達筆でサインペンを走らせた。そのあと、自署をなおも見つめておられるご様子なので、日付でも入れられるのかな、とも思い、そのままお待ちしていると、なんと書き終えたサインにちょこっと手を入れて修正された。少し書き損じたとお感じになったのだろう。その姿になんだかわけもなく感動を覚えた。
監督は気に入らない台本には何度でも手を入れ、現場でも加筆するのを厭わなかったという。いい加減なやっつけ仕事はできない性分だったのだ。ファンにせがまれたサインひとつにも決して手を抜かない監督の姿勢に小生はうたれたのだ。
久しぶりにパンフを取り出してみると、サインには確かに書き直した跡がありありと見てとれる。