(21日のつづき)
暑さにかまけてエントリーがともすれば気紛れで散漫になって恥かしい。
夏をしのぐための音楽として、ベルリオーズの歌曲集「夏の夜」を採り上げながら、しばらく放置したままになっていた。
1. ヴィラネル Villanelle メゾソプラノまたはテノール
2. 薔薇の亡霊 Le Spectre de la rose コントラルト
3. 入江のほとり Sur les lagunes バリトン、コントラルトまたはメゾソプラノ
4. 君なくて Absence メゾソプラノまたはテノール
5. 墓地にて Au cimitière テノール
6. 未知の島 L'Ile inconnue メゾソプラノまたはテノール
今日の常識からすると奇妙だが、歌曲集なのに一曲ごとに声域が異なり、歌い手が交代しながら唄うことを作曲者は想定していた、と前回はここまで書いたと思う。
先日、所用で新幹線で東京・名古屋を往還した際に、いろいろCDを持参して車中で聴き較べてみた。まず最初は、ベルリオーズの指示どおり実際に男女で歌い分けたディスクから。
ジョン・エリオット・ガーディナーがリヨン歌劇場のオーケストラを振った演奏だ(Erato 2292 45517 2)。
1. ヴィラネル Howard Crook=テノール
2. 薔薇の亡霊 Catherine Robbin=メゾソプラノ
3. 入江のほとり Gilles Cachemaille=バリトン
4. 君なくて Diane Montague=メゾソプラノ
5. 墓地にて Howard Crook=テノール
6. 未知の島 Diane Montague=メゾソプラノ
たしかにこれは説得力のある演奏だ。ご覧のとおり、二曲目がコントラルトでなくメゾで歌われるのを除けば、ことごとく作曲者の指定する声質の歌手が担当する。そのことで各曲ごとに描き分けられた「愛の諸相」がくっきりと浮かび上がる。反面、ひとりの歌手が通したときの充実感が失われるのは否めないが、オーケストレイションの細部まで目配りしたガーディナーの周到な指揮のお蔭で、ソング・サイクルとしての六曲の統一感にも欠けていない。これで伴奏がピリオド楽器だったらもっと面白い結果が将来されたに違いない。録音は1988-89年。
続いては全曲を男声で通したきわめて珍しい盤。名バリトン、ジョゼ・ヴァン・ダムがジャン=フィリップ・コラールのピアノ伴奏で歌っている(EMI CDC 7 49288 2)。録音は1987-88年。
先述のように、ゴーティエの原詩の「語り手」は概ね男性であるはずなので、こうして男声で押し通す手法も一理あるのである。とりわけ二曲目の「薔薇の亡霊」がそう。ここでは明らかに薔薇=男に擬されているわけで、説得力が増すのは必定だ。ヴァン・ダムの歌唱は非の打ち所がない。厳粛で深々とした味わいが尊い。伴奏ピアノは1841年の最初の版に従って奏されているようで、後年の管弦楽ヴァージョンの色彩感とは較ぶべくもないが、コラールは節度を弁えつつ健闘している。
そのあとは懐かしい演奏が続く。1970年前後、初めてこの歌曲集を知った頃、LPでしきりに聴いていた録音だ。いずれの盤も、女性歌手が単独で全曲を通すオーソドックスなスタイル。
エリナー・スティーバー=ソプラノ
ディミトリ・ミトロプロス指揮 コロンビア交響楽団 (1954録音、ニューヨーク)
Sony MHK 62356
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス=ソプラノ
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 (1955録音、ボストン)
Testament SBT 3203
レジーヌ・クレスパン=ソプラノ
エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 (1963録音、ジュネーヴ)
Decca 460 973-2
ジャネット・ベイカー=メゾソプラノ
ジョン・バルビローリ卿指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 (1967録音、ロンドン)
EMI CDM 7 69544 2
永年親しんできたので、どれにも想い出や思い入れがあって冷静に評するのは困難だが、いずれも歴史に残る演奏ではないだろうか。だいいち伴奏指揮者の顔ぶれが凄い。ただし、歌だけから判断するなら、クレスパンのオペラと見紛うほど劇的で巧緻な歌唱に圧倒されずにはおかない。つい先日、彼女の訃報が伝えられたばかりなので、感動もまた一入なのである。
これで終わらせたら老人の繰言めくので、最後に新世代の演奏もいくつか。
コレット・アリオ=リュガ(Colette Alliot-Lugaz)=ソプラノ
クロード・バルドン指揮 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団 (1988録音)
REM 311074
アンネ・ソフィー・フォン・オッター=メゾソプラノ
ジェイムズ・レヴァイン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1988録音)
Deutsche Grammophon 427 665-2
スーザン・グレアム=メゾソプラノ
ジョン・ネルソン指揮 ロンドン王立歌劇場管弦楽団 (1996録音)
Sony SK 62730
どれも悪くはない。欠点のない丁寧な歌唱である。
さすがにレヴァイン率いるベルリン・フィルの伴奏は驚くほど巧緻で雄弁。思わず聴き惚れる。この曲をベルリン・フィルが録音するのはこれが初めてかもしれない。それにしてはフォン・オッターの歌唱は優等生的に過ぎないか。まだ若かったのだろう、いかにも上面を撫でるだけで、曲の深みに届かないのがもどかしい。今現在の彼女がこれを歌ったらどんなだろうか。