(承前)
歳をとるとどんどん忘れっぽくなってくる。
昔のことはいざ知らず、昨日一昨日のことがもう思い出せない。ブログの効用はまさにここにあり、日々の出来事を書き留めておくことで辛うじて忘却を押しとどめることができる。そんなわけで、先週金曜日に観た井上ひさしの芝居『ロマンス』の続き。早くも忘れかけてしまいそうなので。
改めて出演者を記しておく。
出演/
大竹しのぶ (オリガ・クニッペル)
松たか子 (マリヤ・チェーホワ)
段田安則 (チェーホフ )
生瀬勝久 (チェーホフ)
井上芳雄 (チェーホフ)
木場勝己 (チェーホフ)
ご覧のとおり、女優ふたりはともかくとして、あとの四人はひとり残らずチェーホフなのである!
正確に言うと、チェーホフの生涯を追いながら、男優たちはとっかえひっかえ主人公に扮する。少年チェーホフは井上、青年チェーホフは生瀬、壮年チェーホフは段田、晩年チェーホフは木場がそれぞれ演じる。顔つきも体格も声もまちまちだが、それでも皆チェーホフの分身なのだ。
出演者はこの六人だけ。例えば少年時代の場面では、チェーホフ少年に井上、雑貨屋を営むその父に木場が扮し、そこに押し込む強盗を生瀬、強盗を追う警察署長に段田、あとの二人(つまり大竹と松)はその部下の警官たちといった具合。少しあとのチェーホフの医学生時代の学位授与の場では、生瀬がチェーホフ、医大教授に木場、助教授に段田が扮する。
女優ふたりはさすがに途中からチェーホフの妹(松)、妻(大竹)という役柄が固定するが、男優たちは最後まで目まぐるしいほどに役を交替する。
つまりこういうことだろうか。この芝居は役者がたった六人しかいない、しがない旅回り劇団の田舎芝居。主役も相手役も端役も通行人も、何もかもすべて自分たちで賄わねばならない、という設定なのだろう。
チェーホフはモスクワ芸術座の「新劇」的な演技が承服できず、「もっとヴォードヴィルのように」と望み、自分はヴォードヴィル劇が書きたいんだ、と常々語っていたというが、井上はこの芝居でチェーホフの後塵を拝すべく、はっきり自らを「ヴォードヴィル作者」に擬している。
だから冒頭いきなり全員が舞台に勢揃いして、面白可笑しくオープニング曲「チェーホフの噂」を合唱しても驚くには及ばない。
そう、胸を病み血を吐いたチェーホフ
主義もない夢もないチェーホフ
お高くとまったニヒルなやつさ
おセンチな弱虫
いろんな噂
そう、妹に頼り切るチェーホフ
そう、女優さんにもてもてのチェーホフ
けれど一つ、たしかなことは
そう、ボードビルが好きだったこと
これを井上ひさしはガーシュウィンの「ドゥ、ドゥ、ドゥ」の替え歌で唄わせるのである!
(明後日につづく)