(承前)
昨日はつい筆が滑って、ロパルツの「前奏曲、マリーヌとシャンソン」(1928)が、ドビュッシーやラヴェルの同工の室内楽に遜色ない出来、とまで書いてしまったが、それはまあ些か過褒であり、贔屓の引き倒しの気味もあるので、暑い夏の昼下がり、ひとり静かに耳を傾けるのに相応しい佳曲、と言うにとどめておこう。
ブルターニュに生まれ、長くナンシーやストラスブールに拠点を据え、引退後は再び郷里に引っ込んでしまったロパルツの音楽は、フランキスト(セザール・フランクの流派)ならではの古めかしさもあって、20世紀のパリ楽壇では長いこと過小評価されてきた。その意味で、作曲者の歿後わずか数年にしてこの知られざる珠玉を見つけ出し、初録音したロンドンの音楽家集団「メロス・アンサンブル」の英断は大いに称賛されてよい。
このアンサンブルは1950年に英京のロンドン交響楽団の首席奏者たちによって結成され、クラリネットのジェルヴァーズ・ド・ペイエ(ジャーヴァス・デ・ペイヤー)やヴィオラのセシル・アロノヴィッツといった名だたる名手をメンバーとしていた。指揮者ピエール・モントゥーが晩年にロンドン響を振って録音したドビュッシーやラヴェルの名演奏と同じ時期、同じ奏者たちによって録音されたフランス近代の室内楽には、並々ならぬ共感が篭められていた(1961年収録)。
オリジナルLPの発売は翌1962年(英L'Oiseau Lyre SOL 60048)。この「オワゾリール」レーベルはDecca系列のはずなのに、日本ではなぜか別系のフィリップスから発売になった(1965)。昨日ご紹介したレコードである。
いずれも曲目のメインはあくまでドビュッシーの「フルート、ハープとヴィオラのソナタ」とラヴェルの「序奏とアレグロ」であり、ルーセルとロパルツはほんの添え物という扱いだったろうが、この選曲の妙が遠い異国の中学生の心をいたく惹きつけ、永年にわたって中古レコード屋でこのディスクを執念深く探させる結果となった。ようやく1980年代になって、英国オリジナル盤、次いで懐かしい日本盤も、相次いで嘘のような安価で見つけ出し、ずっと大切に聴き続けてきた。1997年には英Decca/米Londonから待望のCD覆刻も出た(
→これ)。
CD時代になっても、ロパルツは長く等閑視され、この曲もメロス・アンサンブルの演奏が四十年近く「初録音にして唯一の音源」であり続けてきた。ところがこのところ、俄かにロパルツ復興の動きが兆しており、交響曲(五曲)、弦楽四重奏曲(六曲)はもとより、稀少なオペラの全曲までCDで聴けるようになった(すべて仏Timpani 盤)。そうした好もしい趨勢のなか、わが「前奏曲、マリーヌとシャンソン」にも少しだけ曙光が当たり始めた。今では以下の三種類の新録音が聴けるのである。
ロパルツ: ピアノ三重奏曲(1918)、前奏曲、マリーヌとシャンソン*(1928)、弦楽四重奏曲 第4番(1933-34)
アンサンブル・スタニスラス* ほか (1995-96録音、ナンシー)
Timpani 1C1047 (1999)
"Impressions"
フォーレ: 子守唄、シシリエンヌ
ジョリヴェ: 降誕祭のパストラル
クラ: フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープのための五重奏曲
トゥルニエ: フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープのための組曲
ロパルツ: 前奏曲、マリーヌとシャンソン
リノス・ハープ五重奏団 (2001-02録音、バーデン=バーデン)
Hänssler SWR Music CD 93.175 (2006)
"
Autour de la harpe"
ルーセル: セレナード
ロパルツ: 前奏曲、マリーヌとシャンソン
ドビュッシー: フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ
ラヴェル: 序奏とアレグロ
ケックラン: フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープのための五重奏曲 第2番
モントリオール・チェインバー・プレイヤーズ (2004録音、ケベック州ミラベル)
ATMA ACD2 2356 (2006)
順にフランス、ドイツ、カナダの演奏家たちによる録音が続けざまに出たのは、偶然とはいえまことに興味深い。自国の音楽だけあって、さすがにフランス人の演奏は一頭地抜いた出来、と言いたいところだが事実はさにあらず。最も冴えないのが彼らなのだ。むしろドイツやカナダの連中のほうがずっと細部まで彫琢がゆき届いていて、繊細玲瓏な仕上がりなのである。
とはいえ、どのアルバムも曲の取り合わせにそれぞれ特色があり、ロパルツの当該曲を除くと一曲も重複がないので、すべてを買い揃えても損はないと思う。
ちなみに、仏Timpani からは最近フィルアップを組み替えた再発盤(弦楽四重奏曲に替えて弦楽三重奏曲を挿入/TC 1118)も出ている。