昨日は手術が無事終わって退院した叔母を足立区の家まで送り届け、それから地下鉄を乗り継いで早稲田へと赴いた。
前日の昼から何も食べていないことに気づき、早稲田通り沿いの定食屋「キッチン オトボケ」で遅い昼食。うっかりライス大盛りで注文したら、富士山のようなてんこ盛りが出てきて、ちょっと怯む。なんとか残さず完食したが、もう若くないのだから、大盛りは遠慮すべきだと少しだけ反省。
早大の演劇博物館で企画展示「古川ロッパとレヴュー時代」を観る。
この催しは今度の日曜で終わってしまうので、慌てて出かけたのだ。いつもながら、ここの展示は全体としては貧弱だ。展示面積に制約がありすぎるし、並べ方も雑然としていて、説明も不十分。要するに、旧態依然たる展示なのだ。にもかかわらず、個別的には瞠目させられる。きわめて稀少な品目が含まれているからだ。
今回の展示はちょっと看板に偽りあり。古川緑波は必ずしもその主役ではなく、展覧会タイトルの後半、すなわち「レヴュー時代」のほうにむしろ重きが置かれ、ローシーと帝劇オペラ、浅草オペラ、曾我廼家五郎・十郎など、明治末からの大衆芸能の流れを広く辿ろうとする内容だった。もちろん緑波自身の歩みも時系列で紹介されるのだが、それが芸能史のなかでどう位置づけられるのかが最後まで不鮮明なまま。もっと焦点を絞って、ロッパ自身に肉薄する展示にしたほうがよかったのではないかと思う。
小生のような世代の人間にとって、喜劇人ロッパは存在感がきわめて希薄。エノケンや金語楼のように、晩年の動く姿をリアルタイムでTVで観た覚えもない。せいぜいマキノ正博の映画『男の花道』(1941)の出演者として記憶している程度なのだ。今回の展示をみても、やはり生身の演技者としての実像はわからず仕舞い。それがなんとも残念だ。
とはいえ、有名な日記の現物が拝めたのは嬉しかった。とにかく筆マメな人らしく、大学ノートに細かい丁寧な字で綴られていて、それが厖大な冊数ある。ほかにも「映画日誌」だの「読書記録」だのもあって、その勉強熱心ぶりにはほとほと驚嘆させられる。
そのほか、「芸能史」の部分では、日本初のブレヒト劇上演として名高い東京演劇集団による『乞食芝居』(1932)関連の資料がみられたのが収穫。千田是也が榎本健一と共演したこの舞台については、いつかきちんと調べてみたい。演博にはなんと、その上演台本が収蔵されているのだ。
そのあと三階に上がって、もうひとつ「黒テント」関連の展示をざっと拝見。ここの芝居は数えるほどしか観ていないので、さしたる感慨も湧かないのだが、先の「乞食芝居」と繋げてみると、日本のブレヒト上演史が辿れるようで興味深かった。それにしても、平野甲賀が手がけた黒テントのポスターはどれもこれも見事である。
二時間ほど過ごしたあと、大学に近い方から順に古本屋を四、五軒覗くが、どこもすこぶる低調でがっかり。収穫が皆無というのも癪なので、吉田秀和と殿山泰司の文庫本を買って早々に退散。それにしても、早稲田の古本屋がこんなに貧弱でいいのだろうか。
このままでは悔しいので、通りすがりに新刊書店「あゆみBOOKS」に立ち寄る。ここは先の古書店とは対照的に品揃えがたいそう刺激的、思わず何冊も買いたくなる。やはり本屋はこうでなくっちゃね。
炎天下をとぼとぼ歩いたので昨日はえらく草臥れた。
今日はその「あゆみBOOKS」で買ったドナルド・キーンの自叙伝を夢中で読み進める。家人が読みたがっているので、速やかに読了して、早々に手渡さねばならないのだ。この素晴らしい書物については稿を改めて紹介しよう。