(承前)
ストラヴィンスキーの『兵士の物語』組曲盤の劣勢に、さらに追い討ちをかけるような事態が起こる。
「管弦楽の魔術師」レオポルド・ストコフスキーが85歳の老骨に鞭打って(?)、最新のハイファイ録音技術を駆使した『兵士の物語』全曲盤が登場したのである。語り手を務めるのはマドレーヌ・ミヨー(作曲家ミヨーの夫)、フランスの名優ジャン・ピエール・オーモン、往年の名バス歌手マルシアル・サンゲール。これまた豪華な布陣だ。しかもフランス語版・英語版を二枚組で同時発売するという念の入れようだ。
米盤 Vanguard VSD 71165/6 (フランス語+英語版) 1967年発売
仏盤 Vanguard 991 028 (フランス語版のみ) 1967年発売
日盤 ヴァンガード(キング) GX-1001 (フランス語版のみ) 1967年発売
このとき日本のキング・レコードがかなり派手な広告を音楽雑誌に掲出していたのを、今もよく憶えている。臨場感たっぷりの迫真の録音が何よりの「売り」であったと記憶する。
こうした事態を、米コロンビア社はただ手をこまねいて傍観していたわけではない。ストコフスキー盤の登場に先駆けて、同社は同社なりに然るべき対抗策を打ち出そうとしていた。
今の今まで明らかにされていなかったのだが、コロンビア社ではわざわざ老作曲家に願い出て、1961年の『兵士』録音時には割愛されていた約四分間の「繋ぎの」音楽を、追加収録することを決断する。もちろん、あとからナレーションを付加して、完全全曲盤に仕立て上げるためである。
1967年1月24日、六年前と同じハリウッドのアメリカン・リージョン・ホールに、ほぼ同一の楽員が再び招集され、わずか四分足らずの切れ切れの楽曲のためのセッションがもたれた。収録はかっきり三十分以内に終了したという。
それからどうなったか?
たいそう奇妙なことに、このセッションはほどなく忘れ去られ、繋ぎ合わせれば全曲になるはずのテープはそのままお蔵入りし、ナレーションを加える話もいつしか沙汰止みになった。1971年に作曲家が死亡し、1987年にはコロンビア・レコードはソニーに売却され、今ではSony BMG Entertainment を名乗っている。
2005年春、プロデューサーのウォーレン・ワーニックは全くの偶然から "STRAVINSKY: HISTOIRE DU SOLDAT Inst. Interludes for voice overdubbing/Stravinsky" と名づけられた1967年の録音を倉庫から発掘した。見出された四分弱の音源を1961年の「組曲」に接合すると、実にスムースに無理なく繋がった。
そこでワーニックは2004年にロンドンのオールド・ヴィック座で英語版『兵士の物語』の独り舞台を成功裏に終えたばかりの名優ジェレミー・アイアンズに連絡をとり、ストラヴィンスキーの「全曲」演奏にアイアンズのナレーションを付加する決断をする。セッションは2005年12月2日、ロンドンで行われた。1961年の「組曲」セッションから実に四十四年の歳月が流れていた。
アイアンズはこう述懐する。「音楽は60年代に録音されており、作品が書かれたのはその遙か昔のことだ。でも、それは今に向けて語りかけていると私は思う」。
先日、銀座のHMVショップの新譜の棚で、驚愕とともにそのCDを手にした。
Igor Stravinsky: The Soldier's Tale
Text by Charles-Ferdinand Ramuz
English adaptation by Jeremy Sams
Jeremy Irons, narrator
Columbia Chamber Ensemble
Igor Stravinsky, conductor
Sony Classical 82876-76586-2
四十六年の時を経て、ついに陽の目を見た待望の完全全曲盤の登場である。