ムスチスラフ・ロストロポーヴィチの訃報が入った。3月27日に80歳の誕生日を祝ったばかりだが、その頃から健康を害しており、かなり重篤な状態と報じられていた。ソルジェニーツィンを匿い、怯むことなくソ連国家に楯ついた信念と勇気の人、一晩でチェロ協奏曲を三曲立て続けに弾いてみせる強靭な体力の持ち主も、病には克てなかったのだろう。
ロストロポーヴィチを生で聴いたのは1971年の来日時だけだと思う。
国家権力を相手どった深刻な確執のまっただなか、しかも直前に実母を喪うという最悪な状況下での公演だったが、その逆境が彼に常ならぬ昂揚をもたらしたのか、どの日の演奏も壮絶そのもの、怖いほどの出来だった。
10月27日/東京文化会館
NHK交響楽団第565回定期公演
ショスタコーヴィチ: チェロ協奏曲 第2番 (日本初演)
*ラインハルト・ペータース指揮 NHK交響楽団
11月1日/東京文化会館
ガリーナ・ヴィシネフスカヤ ソプラノ独唱会
*ピアノ伴奏=ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ
11月2日/日比谷公会堂
チェロ独奏会
ベートーヴェン: チェロ・ソナタ 第3番
バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第5番
プロコフィエフ: チェロ・ソナタ ほか
*ピアノ伴奏=アレクサンドル・デデューヒン
11月6日/東京文化会館
協奏曲の夕
ハイドン/チェロ協奏曲 ハ長調
シューマン(管弦楽編曲=ショスタコーヴィチ)/チェロ協奏曲 (日本初演)
ドヴォルザーク: チェロ協奏曲
*森正 指揮 NHK交響楽団
これだけ聴けばもう充分かもしれない。
とりわけ「協奏曲の夕」は凄かった。一夜で続けざまに三曲というのも尋常でないが、最後のドヴォルザークの巨大な造形、底知れぬ深淵を覗き込むような演奏に、誰しも「これは只事じゃない」と感じたはずだ。二楽章末尾のチェロのモノローグの寂寥感は、聴いていて胸が張り裂けそうだった。消え入るような最弱音。しわぶきひとつしない客席の静寂。
この晩のNHK交響楽団はロストロポーヴィチに触発されたのか、いつになくパッショネイトに燃え上がった。ドヴォルザークが終わると、長身のロストロ氏が小柄な森正氏の体を抱え込むように、力をこめてハグしていた姿を昨日のことのように思い出す。
心よりご冥福をお祈りしたい。