3月10日のお誕生日を挟んで数日で終わるはずの石井桃子へのオマージュが、とうとう十三日にも及んでしまった。石井さんの生きた百年の重みがそうさせたのだろう。
途中で何度も挫けそうになった。彼女を取り巻く状況があまりにも過酷かつ複雑怪奇すぎて、正直なところ小生の理解力を超えていると思ったからだ。
穏やかで温厚そうな石井さんだが、1930年代から50年代にかけて、文字どおり激動の時代を誠実に生きてこられたのだなあと、書き綴りながらひしひしと実感させられる二週間だった。まあ、二週間なんて、百年間に比べればほんの一瞬に過ぎないのだけれど。
ようやく春めいた日差しが帰ってきた。この連載(?)も一区切りついたので、久しぶりに近所のイタリア料理屋のテラスで、ワインとパスタの昼食。羊肉のミンチと南瓜を絡めたスパゲッティが美味しい。これで吹く風が冷たくなくなれば本格的に春。ようやく桜の開花宣言も出たそうだ。
身辺雑記を少し。
この間にいくつか読んだ書物がことごとく石井桃子や犬養家の人々に繋がるのに驚く。
杉本久英 『人われを漢奸と呼ぶ──汪兆銘伝 』 文藝春秋、1998
*犬養健が身を挺して擁立した南京政府の首班、汪兆銘(1883‐1944)の評伝。誠実な文人肌の政治家が同国人から「祖国を売った裏切り者」と断罪されるまでを描く。傀儡とは何か、侵略とは何かを深く考えさせられる一冊。
中島岳志 『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』 白水社、2005
*インド独立の闘士で、日本に帰化したラース・ビハーリー・ボース(1886-1945)。中村屋のインドカリーの始祖として知られるボースの初の評伝。亡命アジア人革命家たちと日本の国粋主義者たちの堅い絆に驚かされる。犬養毅も重要な脇役として登場。
小林信彦 「日本橋バビロン」 『文學界』2007年4月号所収
*久しぶりに小林信彦の最新長篇。何度目かの和菓子屋衰亡記だが、1932年生まれの「少年の眼」で捉えた戦前・戦中の両国界隈の描写が秀逸。国民学校の図書室で「井伏鱒二訳の『ドリトル先生船の旅』」を「薄暗い中で読んだ記憶がある」との記述にドキッ。
今日の夕食はアイスバイン。骨付き肉をことこと煮込みながら、手近なCDをかける。
ペーター・マーク指揮、トリーノRAI 放送交響楽団でチャイコフスキー「胡桃割り人形」抜粋。小序曲で始まり、鼠軍との戦闘や粉雪のワルツなどを含む独自のラインナップ。1982年の放送用ライヴ、柔軟で木目細かな秀演である(Arts 43037-2)。
トスカニーニ指揮、NBC交響楽団の実況で、珍しくもグリーグ「ホルベルグ組曲(ホルベアの時代から)」、フランクの交響詩「アイオリスの人々」など(Guild GHCD-2298/99)。遊びのない、えらく四角四面なグリーグだなあ。
などと思っていたら、いきなりチャイムが鳴る。おっと、家人のご帰還だ。