1977年4月1日。エレヴェーターから一歩踏み出した途端、何やら尋常ではない熱気がどっと襲いかかってきた。
今は建物だけ残して撤退してしまったが、かつて有楽町にはそごうデパートがあった。駅前という有利な立地にありながら、これという特色に乏しく、どうにも影の薄い百貨店で、ほとんど足を踏み入れた記憶がない。その日も売り場は素通りして、最上階の読売ホールへ直行したのである。
すでに開演時刻が迫っており、ホールからは喧しいどよめきが響いてくる。切符をもぎるのももどかしく、足早に客席へと駆け込んだのだが、時すでに遅し、後方や隅っこを残して座席はあらかた埋まってしまっている。仕方がない、通路にしゃがみ込むとしよう。それもなるたけ舞台の近くに。
そもそもその日、なぜここに来ようと思ったのか。それが未だに謎である。
熱心なジャズ・ファンならいざ知らず、小生は山下洋輔のライヴをそれまで一度しか聴いたことがない(それも浅川マキのバックで)。しかもこの日、山下が催そうとしているのは普通のコンサートではない。
イヴェントの名を「第1回 冷し中華祭り」という。当時でさえ常軌を逸していたこの催しを、三十年近く経ってから言葉で説明するのは、実に至難の業である。とりあえず、手元に今も残るチラシから文言を書き写してみる。
The First Exhibition '77 Hiyashichuka Festival
4月1日/読売ホール
第1回 冷し中華祭り
52年4月1日(金)PM6:00開場 PM6:30開演
(有楽町そごうデパート7階)
¥1,000(前売) ¥1,200(当日)
開会宣言/筒井康隆
講演/タモリ一義
演奏/山下洋輔トリオ、稲生幸成、宇野萬(大駱駝艦)
ゲスト/河野典生、池上比沙之、長谷邦夫、長谷川法世、黒鉄ヒロシ、高信太郎、相倉久人、平岡正明、上杉清文、かんべむさし、堀晃、麿赤児、奥成達、高平哲郎、ジャックの豆の木のA子、川村年勝ソークメナーズ監督、日高敏隆動物学博士、山下啓義、全冷中支部長連 他 多数 順不同
唄と演奏/三上寛、矢野顕子
料理講座/坂田明
コント/魁三太郎、坂本明、石井愃一(東京ヴォードビルショー有志)
司会/林美雄
主催/全日本冷し中華愛好会
協賛/ヒゲタ醤油
後援/セルフ出版、徳間書店、TBデザイン研究所
製作/JAMRICE
予約お問合わせはジャムライス(478)0331、都内各プレイガイド
これがチラシ表面に記された字句のすべてである(裏面は広告のみ)。ほかに説明文や惹句のようなものは一切ナシ。
あとは、箸に絡んだ中華麺をまさに食べなんとする巨大な真っ赤な唇のイラスト、そして小さくナルトのマークが二つあるのみ。
え? これじゃ、どんなイヴェントなのか、さっぱり見当がつかないって? さもありなん、出かけた小生とて、何が待ちうけているのやら、まるで分からなかったのだ。
(明日に続く)