もう12月も半ばなので「読書の秋」とは呼べないけれど、このところ分厚い本を立て続けに読破。しかもどれもが本読みの愉しさへと誘うものばかり。
つい今しがた読み終えたのは、山口庸子『踊る身体の詩学 モデルネの舞踊表象』(名古屋大学出版会、2006)という一冊。300頁を超える分量もさることながら、文体的にも内容的にも読者にそれなりの知的緊張を強いる手ごわい本だ。版元からも見当がつくように、著者は名古屋大でドイツ文学を講ずる人だという。
題名から近代のバレエやダンスを論じた本だと思って読み進めると、その予想は半ば裏切られる。確かにイザドラ・ダンカンやロイ・フラーやニジンスキー、さらにはノイエ・タンツ(ドイツの新舞踊)のラバン、ヴィグマンらが次々に登場し、それぞれのダンスが取り沙汰されるのだが、この本の眼目はそこにはない。本書の主題は彼らのダンスそのものではなく、それらが同時代の詩人や作家をいかに触発したか、文学テクストのなかで舞踊(もしくは「踊る身体」)はどのように表象されたか、同時代文化としての舞踊と文学との緊密な類縁関係など、著者の論点の軸足はあくまでもドイツを中心とする19世紀末から20世紀前半の文学に置かれている。その点で、この本はこれまで日本語で書かれたどの舞踊史研究書とも性格を異にする。
とはいえ、博捜の著者は夥しいダンス関係書目(おおむねドイツ語文献だが)を渉猟し、その世界に知悉しているため、類書では得られない新知見があまた盛り込まれて、モダン・ダンス研究者にとっても裨益するところが少なくない。
例えばアメリカの女性舞踊家ルース・セント・デニスが20世紀初頭のドイツとオーストリアで絶大な人気を博したという事実。ホフマンスタールやハリー・ケスラー伯爵などは熱狂のあまり台本の提供を申し出たばかりか、彼女のための個人劇場(!)の建設まで計画したという。
あるいは、わが村山知義がベルリンで観てぞっこん惚れ込んだ少女ダンサー、ニディ・インペコーフェン。同時期にトーマス・マンや詩人のネリー・ザックスらが彼女の舞踊を絶賛していたことを、本書を読んで初めて知った。サハロフ(サカロフ)夫妻やハラルト・クロイツベルクら、昭和初年に来日もしたダンサーたちが、ドイツで同時代の文学サークルとどのように関わりをもったか、など、興味深い話題にも事欠かない。
ドイツの文学や哲学にほとんど縁のない小生にはいささか荷の重い一冊だったが、文学と舞踊とを自在に往還することで、それぞれが鏡像となって互いを映し出すような記述に、ぞくぞくするような興奮を覚えた。今後バレエやダンスについて考えたり書いたりするときは、この著者の立脚点が大いに参考になることだろう。