今日は小春日和と呼びたいような穏やかな一日。ガラス越しに射し込む日差しが暖かい。このところ外出が続いたので、一日じゅうずっと家のなかでくつろいでいたい気分だ。昨日までの興奮がまだ体内に余熱のように残っていて、どうしてもグレインジャーのCDをかけてしまう。
昨夜聴いたレズリー・ハワードの演奏のことが気になるので、グレインジャー自身のピアノ録音を選んでみた。録音といってもSPでも蝋管でもなく、自動ピアノで再生するためのロールに刻まれた(正確には穴を穿たれた)演奏である。英米に拠点を置いた自動ピアノ製作会社イオリアン・カンパニー Aeolian Company の依頼で、グレインジャーは大量のロール制作を行っているのだが、そのなかから1915~29年に収録された自作ばかり集めたCD(現代のピアノによる再生)が英国の Nimbus レーベルから出ているのだ。
自動ピアノ特有のちょっと人間離れしたメカニカルなタッチが気になるものの、グレインジャーが自作のピアノ曲をどう演奏していたかがつぶさにわかる貴重なCDである。1996年に再生・録音されたものなので、音が凄く良いのがありがたい。
「カントリー・ガーデンズ」「ユトランド民謡メドレー」「浜辺のモリー」「薔薇の騎士によるランブル」「マーチ=ジグ」など、昨日耳にした実演と聴き比べてみると、解釈が驚くほどよく似ている。もちろんこれはハワードがそれらをよく研究し咀嚼した結果なのだろうが、ちょっとびっくりした。彼が正統的なグレインジャー演奏家として広く認められている所以だろう。
当ブログの読者にもグレインジャーの音楽を知る人は少ないと思う。ちょっと聴いてみようかな、という奇特な方がおられるかもしれないので、ここに入門篇として簡略なCDガイドをまとめておく。何かの参考になれば幸いである。
1)
リンカーンシャーの花束:グレインジャー管弦楽曲集/Percy Grainger: In a Nutshell
Sir Simon Ruttle: City of Birmingham Symphony Orchestra
東芝EMI TOCE-13382
今をときめく指揮者サイモン・ラトルが当時の手兵バーミンガム市交響楽団と入れた管弦楽曲集。「カントリー・ガーデンズ」や組曲「早わかり(In a Nutshell)」、「リンカンシャーの花束」などの人気曲から畢生の大作「戦士たち」まで、グレインジャー「早わかり」に最適なアルバム。未完の「列車音楽」、ドビュッシーのピアノ曲「パゴダ」の打楽器用(!)編曲など稀少な曲も収録。どれも丹念に練り上げられ、霊感を吹き込まれた名演揃い、とりわけ「戦士たち」はこれを凌ぐ演奏はちょっと出現しないだろう(ラトル自身がベルリン・フィルと再録しない限りは)。1996年録音。つい最近に日本で出たこの廉価盤は宮澤淳一さんの懇切な解説つき。強く推奨したい。
2)
Danny Boy: The Music of Percy Grainger
John Eliot Gardiner: Monteverdi Choir & Orchestra
Philips 446 657-2 (再発盤 Universal Gramophone 4752132)
バロック演奏の大家ガーディナーがグレインジャーに挑んだ意欲作。鍛え上げた合唱団の美しいハーモニーと素晴らしく歯切れの良いリズム感で、グレインジャーの溌剌たる音楽を余すところなく描き出した名盤。「日曜になればおいらも十七歳」「ブリッグ・フェア」「アイルランド、デリー州の調べ(=ダニー・ボーイ)」など選曲の妙も推奨に価する。ガーディナーは幼い頃、大伯父の作曲家バルフォア・ガーディナーの家で晩年のグレインジャーに会ったことがあるとのこと。1994~95年録音。日本盤(PHCP-35)には宮澤淳一さんの丁寧な解説と訳詞がつくが、残念ながら廃盤。
3)
パーシー・グレインジャー作品集/Salute to Percy Grainger
Benjamin Britten: English Chamber Orch., Peter Pears(tenor) et. al.
ユニバーサル Decca UCCD-3616
当ブログ10月2日のエントリーですでに紹介済み。作曲家ベンジャミン・ブリテンが忘れられつつある先人に敬意を表したアルバム。愛情と理解に満ちた演奏がたいそう魅力的。1968年録音。日本初発売になるこの廉価CDにも、宮澤淳一さんが詳細きわまる解説と訳詞を寄せている。必携盤。
4)
Percy Grainger Plays Grainger
Nimbus NI 8809
上で紹介したグレインジャーの演奏を記録したピアノ・ロールの再生録音盤。1915~29年のロールを1996年に精密な調整を経て再生、デジタル録音したもの。まるで目の前でグレインジャーその人が演奏しているような不思議な感慨に襲われる。
まずこれらからお聴きになってみることをお薦めする。