新宿から小田急線に乗って新百合ヶ丘へ。
この駅に降りたつたびに奇妙な感慨に襲われる。三十一年前、このあたりで友人たちと映画撮影をした。もちろん素人ばかりの八ミリ映画なのだが、日活ニューアクションばりに、最後は集団抗争劇の例に倣って、荒れ果てた原野での撃ち合いとなり、主人公を含め全員が死んでしまう。そのラストシーンのロケ地に選ばれたのが、都市開発を目前に控えたこの新百合ヶ丘だったのである。当時はあたり一面、荒涼たる空き地と雑木林ばかり。360度パンしても人家が映らない、というのが、ここを撮影場所に選んだ理由であった。
小奇麗な商業ビルが林立する駅前に佇んで、周囲をしばし茫然と見渡す。われわれ殺し屋たちが疾駆し、撃ち合い、転げまわって血に染めた黄土色の大地は、いったいどこへ行ってしまったのだ。
この週末、新百合ヶ丘では映画祭が開催されている。「しんゆり映画祭」といい、今年で十二回目を迎える由緒あるイヴェントだ。ここで実行委員を務めているのが、古くからの友人である三浦規成君。今日はその彼がプロデュースした催しがある。今年四月に亡くなった黒木和雄監督を偲んで、代表作と目される「竜馬暗殺」を上映するというので、はるばる千葉くんだりから出向いた次第。
正直な話、黒木和雄は苦手な監督である。フィルモグラフィを辿れるのも「夕暮まで」(1980)がせいぜいで、マキノ正博作品をリメイクした時代劇「浪人街」も、晩年の《レクイエム三部作》も観ていない。「竜馬暗殺」は小生が心から「好きだ」と言える唯一の黒木作品なのである。
竜馬暗殺 1974 映画同人社=ATG
監督=黒木和雄
脚本=清水邦夫、田辺泰志
撮影=田村正毅
音楽=松村禎三
美術=山下宏
出演=原田芳雄、石橋蓮司、中川梨絵、松田優作、桃井かおり ほか
封切時から数えてこれが何度目だろう。さすがに新しい発見はなかったが、この映画がただ一度きりの奇蹟的な作品であることを改めて実感した。現代(1970年代初頭)と幕末を重ね合わせる趣向は脚本の清水邦夫のアイデアだろう。なにしろ竜馬が「真情あふるる軽薄」なんて台詞を吐くのである! 着物の裾をからげ、下帯丸だしで、両足には革靴、懐には短銃という、なんとも奇妙奇天烈ないでたちで登場した竜馬は、まさしく今ここに、生身の存在として生きて呼吸している。
いわゆる時代劇のルーティーンから大きく逸脱した映画だが、モノクロ十六ミリで撮られた画面からは異様な生々しさが伝わってくる。さながら幕末期に撮られたドキュメンタリー映像、といった趣なのだ。これは撮影監督の田村正毅(小川プロの一連の三里塚映画を撮った)の功績に違いない。役者たちの素晴らしさは、ちょっと語り尽くせない。原田芳雄も石橋蓮司もいい顔してる。中川梨絵のおおらかな悪女ぶりも適役だし、「桃井かおりにあんなウブな時代があったなんて…」(三浦氏の言葉)。
終映後に中川梨絵さんと後藤幸一さん(当時の助監督)のトークがあった。梨絵さんは三日前に亡くなった田中登監督の告別式に出た帰りだという。「監督が亡くなったからって、悲しくはない。私にとって、監督と撮った作品がすべて。作品があればそれでいい」と気丈に語る姿に感動。