2003年から2005年にかけて、あたかも申し合わせたかのごとく、アメリカ、日本、オーストリア、フランスで、ロシア絵本の展覧会が相次いで催された。偶然そうなった結果なのだが、歴史的にみればこれも必然の流れなのだろう。長く幻の存在だった1920-30年代のロシア絵本が多くの人々の目に触れて、「20世紀最大の絵本革命」の証として熱狂的に支持され、広く浸透した数年間だった。
13)
Evgeny Steiner. Stories for Little Comrades: Revolutionary Artists and the Making of Early Soviet Children's Books.
Seattle and London: University of Washington Press, 1999.
Евгений Штейнер. Искусство Авангард советской и построение детской нового книги человека 1920 годов.
Москва: Новое литературное обозрение, 2002.
*主に1920年代のロシア絵本を例に取りながら、アヴァンギャルド芸術と社会主義イデオロギーとの一筋縄ではいかない関係に新たな光を当てて、歴史の見直しを迫る著作。シュテイネルの論調は批評家ボリス・グロイスに近く、きわめて示唆に富むが、個々の絵本については恣意的な解釈も目につく。先に英語版が刊行され、オリジナルのロシア語版は21世紀にずれ込んだ。
14)
Margit Rowell and Deborah Wye. The Russian Avant-Garde Book 1910-1934.
New York: The Museum of Modern Art, New York, 2002.
*ニューヨーク近代美術館で開催されたロシア・アヴァンギャルド書籍展の大部なカタログ。「Books for Children 1917-31」としてリシツキー、レーベジェフらの絵本に一章が割かれているほか、革命直後の「セヴォードニャ」グループの私家版絵本も紹介。アヴァンギャルド・グラフィック・アート史にロシア絵本を正当に位置づけた意義深い展覧会だった。
15)
──. From the Silver Age to Stalin: Russian Children's Book Illustration.
Amherst, Mass.: The Eric Carle Museum of Picture Book Art, 2003.
*このあと世界各国で相次ぐことになる一連のロシア絵本展の先駆けとなった展覧会(2003年11月~2004年1月)のカタログ。アマースト(アメリカ)のエリック・カール絵本美術館で開催。100冊以上が展示された模様だが、図版掲載は20冊ほどにとどまる。薄冊ながら瀟洒なデザインが楽しい。
16)
芦屋市立美術博物館、東京都庭園美術館(企画・監修)
『幻のロシア絵本 1920-30年代』
淡交社、2004年
*15)のアマーストでの絵本展が終わると、入れ替わるように2004年2月、芦屋市立美術博物館で新たな展覧会が開始。同館に寄託された画家・吉原治良(1905~1972)旧蔵の絵本87冊を核に、原弘(1903~1986)の39冊、柳瀬正夢(1900~1945)の11冊(最終的には19冊)が一堂に会することで、ロシア絵本の素晴らしさとともに、それらがどのような時代に生まれ、いかにして日本に伝播し、受容されたかを検証する。このカタログは一般書としても市販され、版を重ねている。
平井章一と沼辺信一の論考は1930年代に大阪と東京で何が起こったかをそれぞれ考察。ロシア・アヴァンギャルド美術との関係については碩学アレクサンドラ・シャツキフ女史が、ロシア文化としての絵本の特質については気鋭の研究者・鴻野わか菜が鮮やかな論考を寄せる。七つのセクションとプロローグ、エピローグからなる全体の構成は沼辺の原案に基づいたもの。
同展は足利市立美術館、東京都庭園美術館、北海道立函館美術館、大分市美術館、下関市立美術館へも巡回し、2005年12月に閉幕した。
17)
「幻のロシア絵本」復刻シリーズ(全10巻)
沼辺信一(監修)、鴻野わか菜、古賀義顕(訳)
@museum、2004年
*16)の展覧会にあわせて刊行されたロシア絵本10冊の忠実な覆刻版セット。最新のデジタル撮影と微小な網点による特殊印刷により、往時の石版の風合いが見事に再現された。タトウ入りで、それぞれ簡単な解説と全テクストの日本語訳が別紙でつく。展覧会場では分売も行った。[当ブログ8月13日の記事も参照。]
18)
沼辺信一 「『幻のロシア絵本』に魅せられた日本人」
『窓』129号、ナウカ、2004年7月
*16)のカタログ論考の執筆後に判明した事実を報告したエッセイ。物理学者・寺田寅彦とロシア絵本の出会い、大竹博吉と「ナウカ」書店の果たした役割を中心に考察。寺田が1933年に絵本「火事」を絶賛していた事実は、芦屋の横山幾子さんがつきとめた。
19)
沼辺信一(解説) 特集「ロシア絵本のすばらしき世界」
『芸術新潮』55巻7号、2004年7月
*東京での「幻のロシア絵本 1920-30年代」展にあわせて組まれた約80頁の大特集。カタログとは異なる切り口からロシア絵本の魅力を伝える。丸二日間ぶっ通しでしゃべった内容を、編集部が巧みに圧縮・再構成してくれた。カラー図版多数。
20)
──. Een Russisch Sprookje: Russische boekkunst en grafiek uit het begin van de 20e eeuw.
Nijmegen: LS, 2004.
*16)の芦屋展の開始直後にネイメーヘン(オランダ)のファルクホーフ美術館(Museum Het Valkhof)でスタートした「ロシアのお伽話」展(2004年4~8月)のカタログ。CD-ROMつき。20世紀初頭のロシア挿絵本全般を扱うが、ビリービンや「セヴォードニャ」私家版の絵本などを含む。テクストはオランダ語(カタログ)・英語(CD)。500部限定。
21)
Peter Noever (ed). Жили были/ Schili-byli/ Shili-byli: Russische Kinderbücher/ Russian Children's Books 1920-1940.
Wien: Schlebrügge. Editor, 2004.
*16)の東京展が成功裏に終わった翌月、ウィーンのMAK(応用美術・現代美術専門の展示施設)で「ジリ・ブィリ=むかしむかし」というロシア絵本展が始まった(2004年10月~2005年2月)。扱う時代も同じ、カタログの表紙がクリーム地にレーベジェフの絵というのも同じ。偶然の一致に驚かされた。出品数約80冊と小ぶりだが、カタログにはイリヤ・カバコフのエッセイ(「われわれの世代は20年代の連中とはどこも共通していない」と告白)など三篇の論考が載る(独・英語)。ただし、どれもやや食い足りない内容。マンデリシュターム執筆の絵本の覆刻版が別冊でつく。
22)
井上徹 『ロシア・アニメ アヴァンギャルドからノルシュテインまで』
ユーラシア・ブックレット 74
東洋書店、2005年
*ロシア映画・アニメ史研究の第一人者による懇切な入門書。コンパクトな小冊子ながら情報量は決して少なくなく、絵本の挿絵画家から黎明期のアニメ作家へと転じたミハイル・ツェハノフスキー(1889~1965)についての的確な記述が嬉しい。
23)
Voyages en Russie.
"La Revue des livres pour enfants," no.221, fébrier 2005.
Paris: La Joie par les livres, 2005.
*パンタン Pantin(フランス)のエルサ・トリオレ図書館(La bibliothèque Elsa Triolet)でのロシア絵本展「アイスクリームはいかが! Place à la glace!」開催(2005年4~5月)に因んだ児童書研究誌の特集号。100頁にわたり興味深い記事を満載。最後の文献紹介では、わが「幻のロシア絵本」展カタログが写真入りで紹介された。レーベジェフの初期絵本の覆刻版(テクストは仏語)が別冊附録。
24)
Samuel Marchak/ Vladimir Lebedev. Quand la poésie jonglait avec l'image.
Nantes: Edition Memo, 2005.
*上記のパンタンでの展覧会ではカタログは刊行されなかったが、その代わりにマルシャーク&レーベジェフの傑作絵本「サーカス」「アイスクリーム」「昨日と今日」「鉋が鉋を作るには」の四冊を覆刻合本した本書が出た(テクストは仏語)。いかにもフランスらしい垢抜けた装丁と素敵なタイトル(詩が絵と軽業するとき)にうっとり。
25)
Валерий Блинов. Русская детская книжка-картинка 1900-1941.
Москва: Искусство ХХI век, 2005.
*ついに真打あらわる? 満を持して登場したロシア人自身による「ロシア絵本」のモノグラフ。「芸術世界」派から第二次世界大戦直前まで、40年間を豊富なカラー図版とテクストによってロシア絵本の興亡を跡づける。研究者・愛好家必携の愛蔵版画集。装丁も美しい。この内容で展覧会が開かれるのを切望してやまない。
26)
沼辺信一 「旅する絵本たち 一九二八・二九年 東京・モスクワ・オデッサをつなぐ人々」
『窓』133号(最終号)、ナウカ、2005年10月
*1929年モスクワで刊行された日本民話を題材とする奇妙な絵本「長い名前」。その由来を探索するうちに、驚くべき歴史的事実が明るみに出る。絵本を通して日露文化交流に尽くした先人たちの真摯な営みを丹念に追ったエッセイ。
27)
鴻野わか菜 「ロシア絵本とファンタジー」(全6冊)
『NHKラジオ ロシア語講座』 2005年10月~2006年3月号
日本放送協会、2005/06年
*ロシア文化研究の才媛が絵本を題材に優しくロシア語の手ほどき。マルシャーク&ツェハノフスキー「郵便」、チュコフスキー&コナシェーヴィチ「電話」、ハルムスの掌編童話などがつぎつぎ教材になる。時代は変わったのだ! 別売のCDも必聴。