ここでちょっと想像を逞しくするなら、「フルート、オーボエ、ハープを独奏楽器とする」協奏曲をタケミツに依頼するようザッハーを焚きつけたのは、ひょっとしてオーボエ奏者ハインツ・ホリガーその人だったのではないか。そんな気がしてならないのだ。
そもそもオーボエのために書かれた楽曲自体がきわめて少ない。同じ管楽器のフルートやクラリネットと比べても、レパートリーの貧弱さは際立っていよう。協奏曲、独奏曲ひっくるめてみても、19世紀以降の有名曲といえばリヒャルト・シュトラウスの協奏曲一曲くらいしか思い当たらない。
ましてや自分たち夫婦が共演できる「オーボエ+ハープ」の曲となると、これはもう探すだけ無駄というもの。新たに書いてもらうほかあるまい。これがもし「フルート+ハープ」の組み合わせだったら、あの名高いモーツァルトの協奏曲があるし、ドビュッシーにも「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」という傑作があるのだが。
よし、決まった! こうなったらスイスきっての大富豪、ザッハー御大におねだりして、私と妻をソロイストにした新作協奏曲を、誰かとびきり優秀な作曲家に依頼してもらうのが早道だ。友人のニコレも引き入れて、三重協奏曲にするのも妙案かも…。ホリガーがそう考えたとしても一向に不思議はない。
このように推測するのにはわけがある。早い話、前例があるからだ。
ドイツの作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェが1966年に書いた「オーボエ、ハープ、弦楽のための二重協奏曲」がそれである。これこそホリガー夫妻を独奏者に想定したうえで、ザッハーがヘンツェに注文し、手兵のチューリヒ・コレギウム・ムジクムの演奏会で初演した新作なのである。この曲はどうやら好評だったようで、レコード録音嫌いのザッハーにしては珍しく、いちはやく同一メンバーによる演奏がLPで出ている(1968年、Deutsche Grammophon)。
…とここまで書いたところで、玄関のチャイムが鳴り、荷物が届いた。注文しておいたザッハーの評伝 Symphony of Dreams, The Conductor and Patron Paul Sacher という本だ(Lesley Stephenson著、2002)。
慌てて索引をみてみたが、どうやらタケミツについての言及は一言もないようだ。だから今のところ、上の仮説はあながち荒唐無稽とは決めつけられない。ホッ!
(つづく)