コクトー、ユスティノフ、マルケヴィッチ共演のLP「兵士の物語」(1962年録音)。
この傑出した録音が証拠だてたのは、「読まれ、演じられ、踊られる」と副題のついた同曲こそは、レコードで聴くのにまことにお誂え向きだった、という単純な事実である。「踊られる」という視覚的な要素こそ欠くが、そのぶん「語り」と「アンサンブル」の音に意識を集中できる。ちょうどラジオドラマを聴くような愉しみ方が可能なのだ。
60年代後半から70年代にかけて、レコード会社は続々と「兵士の物語」の新録音に挑んでいく。いかにしてマルケヴィッチ盤を凌駕するのか、もちろん、そのことを常に念頭におきながら。
1967年には指揮界の最長老ストコフスキーがハイファイ録音で(Vanguard盤)。
1971年には無名の若輩指揮者シャルル・デュトワがスイス勢を率いて(Erato盤)。
1975年にはボストン響団員がジョン・ギールグッド卿と高雅な英語版を(DG盤)。
1977年には英国勢が何とルドルフ・ヌレーエフ(!)を兵士役に据えて(Argo盤)。
どうです、どれもこれも聴いてみたくなるでしょう?
ところで、62年のマルケヴィッチ盤の出現に、心中もっとも穏やかでなかったのは、「兵士の物語」の初演者にして、ストラヴィンスキー演奏の第一人者たる指揮者エルネスト・アンセルメその人ではなかったか。さしたる証拠があるわけではないが、小生はそう確信している。
アンセルメはこれに先立つ61年に、手兵スイス・ロマンド管弦楽団の精鋭たち(vnはミシェル・シュヴァルベ)を率いて、「兵士の物語」をステレオ録音した。しかしながら、何としたことか、彼は朗読付きの全曲ではなしに、器楽のみの抜粋版組曲のほうを収録してしまったのだ!
68年春の来日時に、アンセルメは志鳥栄八郎の「どうして『兵士…』の全曲を録音なさらないのですか?」との問いに、たしか「満足のいく朗読者たちに巡り合えないためだ」と答えていたと記憶するが、その彼の耳に、62年のコクトー=ユスティノフ=マルケヴィッチ盤ははたしてどう聴こえたのだろう?
「う~ん、やられた!」なのか、「自分だったら、もっと巧く演れるぞ!」なのか。
いずれにせよ、彼が冷静でいられたとはとても思えない。なにしろ、マルケヴィッチ盤にはアンセルメのオーケストラ、スイス・ロマンドから首席奏者が四人も参加しているのだ! 「畜生、マルケヴィッチの泥棒野郎め!」なんて、温厚な紳士アンセルメは絶対に口走りはしなかっただろうけれど。
結局、アンセルメ翁は「兵士の物語」の全曲録音を果たすことなく、1969年2月、85歳であの世へと旅立ってしまった。