少しは楽になりなさい、との思し召しだろうか、一か月以上も前、海外に発注したまま半ば忘れていたCDが、昨日ポストに届けられた。好都合なことに、それが暑さを凌ぐのにまさしく打ってつけの内容なのだ。
ピエール・ド・ブレヴィル Pierre de Bréville(1861~1949)の名を恥ずかしながら初めて知った。フランス近代音楽を聴き初めて半世紀にもなるのに、この体たらくとは情けない。
作曲活動と並行して、批評家としても活躍、『メルキュール・ド・フランス』誌などで健筆をふるったというが、その出自から察するに、恐らくは旧派に与する保守的な立場だったのではなかろうか。
ブレヴィルはロレーヌ地方に生まれ、パリ音楽院でセザール・フランクに対位法・フーガ・作曲を学んだ。師の影響はブレヴィルにとって決定的で終生に及ぶ。とりわけここに収録されたヴァイオリン・ソナタはフランク作品そっくりの真摯な佇まいと内省的な抒情を醸し出す。一聴して19世紀末の響きがするが、作曲されたのは1918~19年。初演は1920年3月、パリの国民音楽協会の演奏会でジョルジュ・エネスクの手でなされたという。
とにかく美しい旋律が次々と惜しげもなく繰り出され、ああ、フランス近代にはまだまだ未知の財宝が埋もれているのだなあ、と溜息をつく。
続くジョゼフ・カントルーブ Joseph Canteloube(1879~1957)の組曲《山にて Dans le montagne》こそが本CDの本命にして聴きものだ。
無知蒙昧な小生は、カントルーブといえば鸚鵡返しに《オーヴェルニュの歌》と応えるばかりで、他の作品をまるで知らなかった。この組曲にしても、今年の五月、東京・本郷であった「カフコンス」の例会で本郷幸子さんと川北祥子さんのデュオで初めて聴き、深く魅せられた次第である(そのときの拙い感想文「カントルーブで暑さを凌ぐ」は →これ)。
1904~05年というから、カントルーブ二十代半ばの若書きである(1906年改訂)。四曲からなる組曲形式、民謡風の親しみやすい旋律が満載だ。この曲の楽譜には1930年代になされた再改訂版もあるそうだが、ここに収録されたのは1906年の版。
1. 風の中で(前奏曲) En plein vent (Prélude)
2. 夕べ Soir
3. 祭りの日 Jour de fête
4. 春の森にて―不在へ Dans les bois au printemps -- Vers l'absente
こういう霊妙な音楽を耳にして、あれこれ言葉で説明しようとするのは愚の骨頂だろう。とにかく、これを聴いてごらんなさい、とお奨めするしかない。《オーヴェルニュの歌》がお好きな方ならば、きっと好きになる、夢中で聴き惚れるはずだ、とだけ書いておこう。終曲で《オーヴェルニュの歌》の「バイレロ」の旋律がほんの一瞬ちらと出てくる。
このディスクに耳を傾けている間は、心はフランスの高原にあり、しばし外界のまつわりつくような暑さを忘れることができた。知られざる秘曲をそっと教えてくれた名手たち、グラファンとドヴォワイヨンに感謝したい。