レベッカ・クラーク Rebecca Clarke(1886~1979)という英国の女性をご存じだろうか。ヴィオラ奏者として名高く、世界各地で演奏する傍ら、作曲家としても少なくない作品を残したが、永く忘れられた存在だった。
小生はヴィオラ・ソナタをはじめとする彼女の室内楽にいたく心惹かれ、とりわけ小品《モルフィウス(モーフィアス)Morpheus》を偏愛してきた。九年前の訪英時これを実演で耳にした際は、演奏者からじかに自主制作のCDを買い求めたほどだ(
→当日の記事)。爾来それを含め、彼女の作品のCDは手元に何枚かあるが、作曲家としての全貌を知るにはほど遠かった。
半月ほど前にBBC Radio3の「今週の作曲家 Composer of the Week」枠でレベッカ・クラークが採り上げられ、自分が彼女についてほとんど何も知らなかったことを悟って愕然とした。五時間にわたる放送で、珍しい作品も含め彼女の仕事の全貌が紹介されたのだが、とりわけ全く未知だった彼女の合唱曲が素晴らしく魅惑的なことを知り、早速それを集めた重宝なCDを取り寄せてみた。
"Complete Choral Music of Rebecca Clarke"
レベッカ・クラーク:
He That Dwelleth in the Secret Place of the Most High (1921)
Ave Maria (1937)
There Is No Rose (1928)
Chorus from Shelley's "Hellas" (1943)
Come, O Come, My Life's Delight (1911)
My Spirit Like a Charmed Bark Doth Float (1911)
Daybreak (1940)
Music, When Soft Voices Die (1907)
Now Fie on Love (1906)
A Lover's Dirge (1908)
When Cats Run Home And Light Is Come (1909)
Philomela (1914)
Weep You No More, Sad Fountains (1912)
Away, Delights (1912)
Nacht fur Nacht (1907)
Spirits (1912)
Take, O Take Those Lips Away (1926)
Sleep (1926)
Hymn to Pan (1912)
ジョフリー・ウェバー指揮
ケンブリッジ・ゴンヴィル&ケイアス・コレッジ合唱団2002年6月30日~7月2日、ケンブリッジ、セント・キャサリン・カレッジ
2002年9月13日、ロンドン、ロスリン・ヒル・チャペル
ASV CD DCA 1136 (2003)
→アルバム・カヴァーおそらくどなたも知らないだろう作曲家の声楽曲について紹介するのは至難の業、ほとんど不可能に近い。
ヴァイオリンからヴィオラに転じ、作曲にも手を染めていた彼女はチャールズ・スタンフォード門下の逸材だったが、ブラームスを真剣に学び、ほどなくドビュッシーの作品からも強い感化を受けた。
本アルバムには最初期(1907)から作曲活動末期(1943)まで、レベッカ・クラークの生涯を通覧するに足る合唱作品群を網羅しているが、その作風を一言で表すのは難しい。室内楽作品で明らかだった絶妙な旋律美はここにもあるが、それ以上に個性的な和声の扱い、その玄妙な響き合いはまさに比類のないものだ。彼女の合唱作品を集めたアンソロジー・アルバムは本盤が唯一無二のはずで、これほどの宝がほとんど知れれぬまま今日に至っているとは信じられないほどだ。版元倒産で今や捜し出すのが難しいのが残念でならない。
かくなる上は、先述のBBC Radio3 のストリーミングをお聴きいただくに如くはなかろう。全五回、この番組で本盤から紹介されるのは以下の五曲。
Music, When Soft Voices Die
Philomela
Sleep
Ave Maria
Chorus from Shelley's Hellas
番組では鍾愛の《モルフィウス》はもちろん、ヴィオラ・ソナタを筆頭に室内楽の代表作の数々が流されるほか、レベッカ・クラークの貴重な肉声録音や、彼女の末裔である研究者Christopher Johnsonの証言、ロイヤル・アカデミーの先生でクラーク復興に尽くすIan Jonesの解説とピアノ演奏も聴けて裨益するところ大。聴けるのは六月下旬まで期間限定なので今すぐどうぞ(第一回目は
→ここ)。