Trois mouvements de Petrouchka》(1921)を仕上げ、ルービンシュタインに献呈した──このエピソードは(さまざまに尾鰭がついた形で)あまねく人口に膾炙している。
この曲の破天荒な難しさは当時のヴィルトゥオーゾたちの技術的な限界を遥かに超えていたため、さすがのルービンシュタインも恐れをなし、「とても作曲家が納得するようには弾けないから」と終生スタジオ録音を固辞し続けた、というのもよく知られた話だろう。
ところが彼はこの曲を1961年、十夜にわたってカーネギー・ホールで催した連続リサイタル(前年にスヴャトスラフ・リヒテルが同じ場所でやった連続リサイタルに触発された企て)で弾いており、その演奏がRCAによってライヴ収録されていたのである。生前のルービンシュタインはこのときの《ペトルーシュカからの三楽章》の発売をOKせず(技術的な綻びがほうぼうにあるからだろう。当時ルービンシュタインは七十四歳)、この録音は永らくお蔵入りしたまま忘れ去られてしまった。
それが2012年になって日の目をみた、と聞いて色めき立ったのは小生だけではないだろう。なにしろ、20世紀ピアノ音楽史に名高いストラヴィンスキーの難曲の、被献呈者その人による実演なのだから。
一刻も早くこれを耳にしたいものだと切望したのだが、それがなんと、「ルービンシュタイン コンプリート・アルバム・コレクション」というCD(& DVD)百四十四枚組(!)ボックスのなかに組み込まれての発売だったのだ。いくらなんでも、この一曲のみのために膨大なセットを大人買いするわけには参らない。家人の怒りを買うだけだろう。
爾来じっと待つこと五年。先ほど某オークションで、この《ペトルーシュカからの三楽章》を含む一枚がバラで売りに出たのを、嘘みたいな安価で遂にゲットした。
煩を厭わずに全曲目を書き写しておこう。
【DISC140】
《カーネギー・ホール・リサイタル1961から 初出音源 Vol.1》
・ドビュッシー: 歓びの島
・ドビュッシー: レントより遅く
・ドビュッシー: オンディーヌ ~前奏曲集 第二集
・アルベニス: トリアーナ ~組曲《イベリア》
・ファリャ: 恐怖の踊り ~《恋は魔術師》
・ファリャ: 粉屋の踊り ~《三角帽子》
・グラナドス: 嘆き (マハと夜鶯) ~組曲《ゴイェスカス》
・リスト: 葬送曲 ~《詩的で宗教的な調べ》
・リスト: 忘れられた円舞曲 第一番
・リスト: ハンガリー狂詩曲 第十二番 嬰ハ短調
・スクリャービン: 夜想曲 変ニ長調 ~左手のための二つの小品 作品9
・ストラヴィンスキー: ペトルーシュカからの三楽章 →アルバム・カヴァー
今から到着が待ち遠しい。耳にするのが楽しみなような、怖いような心持でいる。
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・・・とここまでは数日前フェイスブックに投稿した記事。今しがた、このCDが拙宅のポストに到着した。震える手で封を切り、これからターンテーブルに載せて聴いてみるところである。心が逸る。
まずは一度ざっと通して聴いてみた。
いや~、恐るべしルービンシュタイン。七十四翁は矍鑠として、この実演に老いの影はどこにもみられない。ドビュッシーは完全に自家薬籠中のものだし、スペイン物はまるで自国の音楽のように聴こえる。巨匠的スタイルで堂々と弾かれたリストは見事としか云いようがない。会場が沸きに沸くのも当然だろう。
さすがに《ペトルーシュカからの三楽章》はそのルービンシュタインをもってしても難物だったらしく、あちこち破綻だらけだが、ひるまずに音楽と真っ向から対峙する真摯さには感動を禁じ得ない。
とはいえ、この至難のピアノ曲に立ち向かうには、19世紀以来のヴィルトゥオーゾ的な奏法では足りず、もっと近代的で合理的な、非情なまでのメカニックが不可欠なのだろう。それを持ちあわせたワイセンベルクやポッリーニがこの曲を自在に弾きこなす時代の到来は、もうあと数年後に迫っていた。