雛祭りなのでお八つに桜餅を頬張る。餅と一緒に桜葉を食べるか否かで家人と意見が分かれる。せっかく塩漬けにして柔らかくしてあるのだから断固として食すべしというのが小生の見解である。
腹ごなしにCDを少しだけ聴こう。できれば春めいた音楽がいいのだが。
"Glinka - Fauré - Ravel - Stravinsky -- Désiré-Émile Inghelbrecht"
グリンカ:
幻想曲《カマリンスカヤ》*
フォーレ:
劇音楽《カリグラ》抜粋**
■ ファンファーレ、行進曲と合唱「我ら戦の時にあり」
■ 合唱「冬は過ぎ去りし」
■ 舞踊曲
■ メロドラムと合唱「見事な薔薇で」
■ メロドラムと合唱「皇帝は瞼を閉じ」
パヴァーヌ***
マドリガル****
ラヴェル:
組曲《マ・メール・ロワ》*****
■ 前奏曲
■ 糸紡車の踊りと情景
■ 眠りの森の美女のパヴァーヌ
■ 親指小僧
■ パゴダの女王レドロネット
■ 美女と野獣の対話
■ 大団円:妖精の園
ストラヴィンスキー:
バレエ組曲《火の鳥》(1919年版)******
デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮
フランス放送国立管弦楽団、同合唱団** *** ****1961年7月4日、パリ(実況)* ** *** **** *****
1958年6月21日、パリ、シャンゼリゼ劇場(実況)******
Forgotten Records fr 1281 (2017)
→アルバム・カヴァー生前のドビュッシーからの信頼厚く、《聖セバスティアヌスの殉教》世界初演時(1911年)に合唱指揮を任されたアンゲルシュトには「ドビュッシーのスペシャリスト」の尊称が終生ついてまわり、彼がフォーレやラヴェル、フランス六人組の音楽とも縁が深いこと(《エッフェル塔の花嫁花婿》を世界初演)、さらにはロシア音楽も得意にしたこと(《ボリス・ゴドゥノフ》仏語版、原典版のフランス初演を指揮した)はついつい忘れられがちだ。
その意味からも、ラディオ・フランスに残された放送録音を初覆刻した本CDはきわめて価値が高い。とりわけアンゲルブレシュトが振ったストラヴィンスキーなど、これまで想像だにしなかったから、まことに値千金なのである。
冒頭の《カマリンスカヤ》はごく普通の演奏なのだが、フォーレやラヴェルと同日の演奏会の幕開けに奏されたところが面白い。続くフォーレの三曲はいずれもアンゲルブレシュトのディスコグラフィでは初出であり(正規録音は《レクイエム》、《ラシーヌ讃歌》、《ペレアス》組曲、《シャイロック》組曲のみ)、とりわけ《パヴァーヌ》が掬すべき可憐な演奏だ。これだけでも本盤は聴く価値がある。
ラヴェルの《マ・メール・ロワ》は正規録音があり、興味深いことにどちらも選曲がユニーク。いわゆる「組曲版」(=連弾ピアノ原曲をそのまま管弦楽化したもの)の冒頭に、バレエ版から「前奏曲」と「糸紡車」を付加した形である(バレエ版で何度か入る間奏曲はカット)。バレエ版は曲の配列が異なり──「美女と野獣」が早々と登場し、「レドロネット」が終曲の直前に配される──なんとなく居心地が悪いと感じてきた小生には、このアンゲルブレシュトの処置は納得できる(たしかアンセルメもこの曲順で録音していた筈)。この実況もスタジオ録音と同じく感興に満ち、古式床しいフランス的な音色が頗る魅惑的。
そして最後にお楽しみの《火の鳥》組曲。これのみ別の演奏会での収録だが、音質的には最も鮮明だ。
アンゲルブレシュトはストラヴィンスキーと完全に同時代人(ストラヴィンスキーが二歳年下)であり、バレエ・リュスの指揮もしていたのだから、彼が《火の鳥》を採り上げるのになんの不思議もないが、やはり意表を突かれた感が強い。
演奏の傾向は想像したとおり、先鋭なリズム感や研ぎ澄まされた音色対比ではなく、ほのぼのと懐かしい情景描写が続く長閑なパフォーマンスといった趣。その意味では五歳年長のピエール・モントゥーの流儀に近いかもしれない。「パリで初演され、愛され、育まれた音楽」としてのストラヴィンスキーと云ったらよいだろうか。これはこれでオタンティックな演奏記録といえよう。
アンゲルブレシュト&フランス放送国立管弦楽団の実況録音には、このほかプーランク《田園の奏楽》(ピアノ=作曲者)、ミヨー《プロヴァンス組曲》、フローラン・シュミット《ドイツ回想 Reflets d'Allemagne》《水上の音楽 Musique sur l'eau]》、ダンディ《フランスの山人の歌による交響曲》、あるいはバルトーク《六つのルーマニア民俗舞曲》など、垂涎の音源がまだいろいろ眠っているらしい。Forgotten Recordsから覆刻が出ないかなあ。