なんだかアッと云う間に過ぎ去ってしまった一か月。二月はいつもこうだ。他の月より二日か三日だけ足りないだけで、こうも短く感じられるものか。下旬の日々を備忘録ふうに書き留めておこう。
2月19日(日)
そろそろ「ダイヤモンド富士」だというので夕刻に家人とともに海岸通りへ。上空はよく晴れているのに、東京湾越しに富士山が見える方角だけ低く雲が垂れ込め、鈍く霞んでいる。それでも日没が近づくと逆光を浴びて富士山の稜線が紫色のシルエットで浮かび上がる。その頂上近く、左肩あたりに太陽が沈んでいく。あたりの路上にはカメラを手にした人々がずらり数十人。誰もが無言で荘厳な光景に見とれている。沈みゆく太陽はほどなく欠片となって消えた。ほんの数分間の出来事だ。
2月20日(月)
前評判の高い《リチャード三世》のライヴ・ヴューイング。英京アルメイダ・シアター(Almeida Theatre)からの中継録画だという。サドラーズ・ウェルズ座をさらに北上した界隈にある小さな小屋だが小生は未訪問。上映は日本橋室町のTOHOシネマズ日本橋で夜七時から。シェイクスピアの歴史劇はまるで不案内だからと家人は尻込みし、今回は小生ひとりきりの観劇となった。誰もが主役のレイフ・ファインズに注目するが、小生のお目当ては脇役で出るヴァネッサ・レッドグレーヴだ。なんの予備知識もないままに観たが、いやはや面白さの極み。休憩を挟んで三時間半、片時の弛緩もなく、画面から目が離せなかった。いつの世にも存在する凡庸な権力悪をものの見事に摘出するシェイクスピアの洞察力ときたら! 怨念を静かに滲ませるヴァネッサの抑えた演技にも感嘆。彼女はこの一月で八十歳になった。
2月22日(水)
家人の所用に連れ添って上京。いつもより早めに済んだので、乗り継ぎで下車した有楽町で地上に出て、英前の交通会館の一階にある「ライスアイランド」でグラノーラとオートミールをあれこれ物色。ここのは素朴だが美味しいのだ。ついでに何か映画か展覧会でもと思ったが、いささか疲弊したので大人しく帰途に就いた。
2月24日(金)
別室で作業。中古レコード店の担当者が来て、不要なLPレコードをせっせと箱詰め。二時間半かけて四十八箱になった。枚数でいうと三千数百枚になるという。数十年かけたコレクションの大半を手放すのは辛いが、まあこれも世の定めだろう。
2月25日(土)
所用で上京し高円寺に。野暮用を済ませたあと商店街を少し徘徊。かつて馴染んだ街だが旧知の店はあらかた消え、それでも道筋だけは変わらない。またしても懐かしい「ニューバーグ」でハンバーグの定食を註文。ついでに「都丸書店」「大石書店」を覗くが収穫まるで無し。やはり古本はネットに限る。そろそろ約束の四時になるので駅前の「カラオケの鉄人」へ。ここで旧友たちと映画上映会(既報)。出席は横谷、Boe、佐久間、中世、鯉登、宮崎、小生、そしてゲストの柳澤健氏の計八名。感無量のままに「串カツ田中」で二次会。「抱瓶(だちびん)」で三次会。
2月27日(月)
25日に地元の書店で買った村上春樹の新刊『騎士団長殺し』上巻を通読。そこそこ面白いが、登場する音楽が物語に生かされぬ憾み。でも読み出すとやめられない。
2月28日(火)
昨日の続きで『騎士団長殺し』下巻。後半やや息切れし、結末が竜頭蛇尾、尻切蜻蛉なのはこの人のいつもの欠点か。《薔薇の騎士》が全く生かされないのが残念。