ロシアのチェロ奏者
アレクサンドル・イワーシキン Александр Ивашкин が六十五歳の若さで卒然と世を去って今日で三年目だ。
永くボリショイ劇場の首席奏者を務めたのち出国、まずニュージーランド、次いでロンドンで教職に就く傍ら、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、シュニートケの全チェロ曲を Chandos に録音したほか、チェロのための現代音楽全般に旺盛な関心を示した。研究者としては親交の深かったシュニートケに関する浩瀚な書物を著し、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにシュニートケ・アーカイヴを創設し、その資料の保全と発掘に尽力した。
小生がイワーシキン教授のチェロを生で聴いたのは唯一回きり(2010年12月8日、ロンドン、クィーン・エリザベス・ホール)だが、そのとき触れたプロコフィエフのチェロ・ソナタの親密で深遠な演奏を忘れることができない。一年ほどのち、研究室でお目にかかった教授からシュニートケにまつわる貴重な思い出をうかがったついでに、「あのとき弾かれたプロコフィエフは素晴らしかったです。四十年前に東京で聴いたロストロポーヴィチの演奏よりも良かった」と小生が口にすると、まるで禁忌に触れたように動揺した教授は「そんな筈はありえないよ!」と両掌を横に振って言下に否定した。ロストロポーヴィチはイワーシキンの恩師なのである。
今夜は謙虚だが真の実力派だったイワーシキン教授を偲んで、そのプロコフィエフでもなく、ショスタコーヴィチでもなく、珍しく亡命ロシア人としてパリや上海や東京に意義深い足跡を残した作曲家アレクサンドル・チェレプニンのチェロ作品集を聴いてみよう。ほとんどの楽曲が世界初録音である。
"Alexander Tcherepnin: Complete Music for Cello and Piano"
アレクサンドル・チェレプニン:
チェロ・ソナタ 第一番 作品29
チェロ・ソナタ 第二番 作品30の1
チェロ・ソナタ 第三番 作品30の2
平均律チェロ(九度の音階による十二の前奏曲) 作品38
歌と舞曲 作品84
頌歌
チェロ/アレクサンドル・イワーシキン
ピアノ/ジョフリー・トーザー1999年6月14~16日、ニュージーランド、クライストチャーチ、アーツ・センター大ホール
Chandos CHAN 9770 (1999)
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