クリスマス・イヴもクリスマス当日も、何処へも出かけず、何をするでもなく、平穏に過ごした。いつもと違ったのは麵麭屋で買ってきたシュトーレンを切り分けて食べ、小壜のシャンパンを開栓したことくらいか。夕方ふらりと海浜まで出たら、富士山の紫色のシルエットがいつになくクッキリ見えた。
それだけでは寂しいので自分のために買っておいたプレゼントCDを開封する。クリスマス・イヴが命日でもある作曲家
バーナード・ハーマン畢生の映画音楽である。
"Bernard Herrmann: Obsession - Special archival edition"
バーナード・ハーマン:《愛のメモリー》
DISC 1: THE FILM SCORE (Stereo)
1. Main Title (1:58)
2. Opening Party (0:40)
3. Valse Lente (1:33)
4. Kidnap (2:32)
5. Newsboy (1:45)
6. The Tape (0:29)
7. The Ferry (2:42)
8. Hideout (0:46)
9. Breakout (1:34)
10. The Tomb (1:16)
11. Memorial Park (1:19)
12. Sandra (6:44)
13. Sandra Again (0:58)
14. Court Meets Sandra (1:24)
15. The Church (1:26)
16. Bryn Mawr (2:04)
17. Bryn Mawr Walk (1:16)
18. Court's Confession (2:29)
19. Hospital (0:44)
20. Cemetery (1:04)
21. New Orleans (1:54)
22. Walk Down Hallway (1:07)
23. Portrait of Elizabeth (1:49)
24. Memorabilia (2:54)
25. Walk to Church (0:12)
26. Sandra at Monument (2:59)
27. After Dinner (0:46)
28. The Wedding (2:33)
29. The Wedding Part II (1:31)
30. Court, The Morning After (1:33)
31. Court Signs Papers (1:34)
32. Sandra Finds Briefcase (2:25)
33. Court Arrives at Wharf (0:41)
34. LaSalle and Sandra at Airport (2:02)
35. The Plane (2:21)
36. Court Finds LaSalle (2:02)
37. Court and LaSalle Struggle (1:06)
38. Airport (3:50)
BONUS TRACKS * not used in film
39. Ransom (Unused Cue)* (0:18)
40. Past and Present (Unused Cue)* (0:28)
41. Airport (Alternate)* (3:41)
DISC 2: THE ORIGINAL 1976 SOUNDTRACK ALBUM (Remastered)
1. Main Title / Valse Lente / Kidnap (5:58)
2. Newsboy / The Tape / The Ferry (4:57)
3. The Tomb / Sandra (8:04)
4. The Church / Court’s Confession / Bryn Mawr /
New Orleans / Wedding (9:25)
5. Court, The Morning After / Court Signs Papers /
Sandra Finds Briefcase / Court Arrives at Wharf (4:31)
6. The Plane / Court and LaSalle Struggle / Airport (5:58)
バーナード・ハーマン指揮
ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
テムズ室内合唱団 (ルイス・ホールジー指揮)1975年夏、ロンドン、セント・ジャイルズ・チャーチ・クリップルゲイト
Music Box MBR-060 (2015)
→アルバム・カヴァー露骨なまでにヒッチコックを模倣したブライアン・デ・パルマ監督作品《愛のメモリー Obsession》(1976)を低くみる向きもあり、まあそれも判らないではないが、小生はかなり好きな映画である。あそこまで真似すれば、それはそれで立派ではないか。あざといまでに仕組まれたプロット、捻りに捻ったどんでんがえしも、むしろ微笑ましい「ヒッチコック愛」の為せる技と云えなくもない。
なによりも、若きデ・パルマがここで(1973年の《悪魔のシスター》に続いて再び)三顧の礼をもってバーナード・ハーマンの出馬を仰いだのが重要だ。言うまでもなくハーマンは《ハリーの災難》(1955)から《マーニー》(1964)までのヒッチコック作品の音楽を担当し、「ヒッチ・タッチ」に欠かせない構成要素となっていたからだ。周知のとおり66年の《引き裂かれたカーテン》の音楽をめぐって両者は決裂し、爾来ハーマンは不遇をかこっていたのである。しかも彼に残された余命は幾許もなく、この《愛のメモリー》とそのあとの《タクシードライバー》(スコセージ監督作品)の二作は期せずしてハーマンの遺作となってしまった。
「ヒッチコック再び」を標榜するデ・パルマの意を受けて、バーナード・ハーマンはこの映画製作にのめり込み、結末のプロット(元のシナリオには更にもうひと捻りあったという)に強く意見までしたという(そのため、デ・パルマ監督は脚本家ポール・シュレイダーと険悪な仲となった由)。そのあたりの経緯は本CDアルバムの二十頁に及ぶライナーノーツで詳しく読める。
ハーマンは仕上がった映画を観ずに世を去ったが、急逝する数か月前に彼は自らの指揮でサウンドトラック収録を済ませており、公開版のフィルムでもサントラLP(
→英Decca盤、
→米London盤)でも、その自作音源が用いられた。
手元にはその米盤のLPも、また同じ音源を再収録した英Unicorn-Kanchana盤CD(
→これ)もあるのだが、惜しむらくは収録時間が四十分にも満たず(収録されなかった音楽も多い)、数場面をいくつか連ねた組曲仕立てのためか、元の映画に較べると甚だ物足りない。もちろん映画を偲ぶよすがとしては上乗なのだが。
そんな不満を一挙に解消すべく、満を持して世に出たのがこの「決定盤」である。
CD二枚組の二枚目は従来と同じ「オリジナル・サウンドトラック・アルバム」と銘打たれたDecca音源。ただし音質はかなり改善され、オルガン(教会備え付けの本式のパイプオルガンだ)やハープが醸す不穏な雰囲気が実に効果的。これまで間違って付されていた個々の曲のタイトルも正されている。
注目すべきは一枚目の音源だ。これは保存されていた録音セッションのテープを元に音質改善を図ったものといい、ストーリーの展開に沿って三十八のキューが順番に聴ける。合計時間は七十分弱。公開された映画そのものは九十八分なので、使用された音楽はあらかた収録されているとみていい。このほか付録として未使用のトラックが三曲加わって、収録時間はきっかり七十四分。バーナード・ハーマンが《愛のメモリー》のために書いたすべてが開陳されたと云っても過言ではなかろう。2005年はハーマンの歿後四十年だったから、この二枚組CDは彼の最晩年を偲ぶこよなき縁(よすが)となった。
ここまで映画そのものに肉薄されると、却って物足りなくなる。映像を伴わないのが残念に思えるのはまさしく望蜀の嘆というべきか。それにしてもクリスマスの宵に、かかる不吉で禍々しい音楽に聴き入るとは、我ながらどうかしている。