総じて暇なわりに、毎日なにかしら瑣事がある。由なし事どもに取り紛れていて、ふと気づくと観ようと思った個展が明日までだ。慌てて上京と相成る。昨日も別件で上京したのに、まるで失念していた。耄碌の始まりかもしれない。
JRと地下鉄二本を乗り継いで根津へ。そこから不忍通りをゆるゆる南下し、十五分ほど行ったところで左折。このあたりの道は馴染んでいるから迷うことはない。煎餅屋を少し過ぎると目指す風呂屋の建物が見えた。
ただしここは今では現代美術の画廊である。名にし負う SCAI THE BATHHOUSE(スカイ・ザ・バスハウス)。昔ここの銭湯が廃業して間もなく石橋蓮司と緑魔子の芝居を観た、その同じ建物である。
ここで明日までアニッシュ・カプーアの個展をやっている。画廊の小空間でやれる展示だから多寡が知れているのだが、見逃してからあとで「凄くよかった」と人から言われると癪なので、さして期待せず足を運んだ次第である。
小生はカプーアに関しては運が良いらしく、ロンドンへ遊びに行ったついでに、美術館での大がかりな回顧展(ヘイワード・ギャラリー)も、小さいが濃密な画廊展示(リッソン・ギャラリー)も、公園を使った野外展示(サーペンタイン・ギャラリー)も観ている。だから、観ないうちからおおよその予測がつくのだが、最近のカプーアがどう変貌したか知りたくて出向いた。
結論から云うと、さしたる変貌は見られず、カプーアらしさが味わえるものの、画廊の空間の制約もあり、万事が小ぢんまりとした小企画展の域を出ない。作品点数こそ十一だが、うち二点は素描作品、四点は建築模型めいた小品、残りの五点が辛うじてカプーアの本領を窺わせるに留まった。いくつか実例をお目にかけようか。
まず典型的なカプーアの仕事として、お椀のようなパラボラアンテナ状の物体を壁付けした作品。直径が188cmあり、正面に立つと、漆黒の闇に吸い込まれそう。
→ "Monocrome (Garnet)"(2015年)同じく壁付け作品だが、銀色に輝くステンレス・スチール製の球体に、円筒状の穴が貫通したもの。これは新機軸かもしれないが、今ひとつピンとこない。
→ "Alice ─ Double Circle"(2014年)展示室の隅にコーナー・レリーフ状に設置されたステンレス・スチール製の立体。これまた見慣れないタイプで、有機的な形態はセクシュアルな暗喩を潜ませる。
→ "Clip"(2016年)展示室中央の卓に四つ並んだ小立体。夢想された建築模型なのだろう。
→ "Sculptural Form"ほかに "Mirror (Cobalt Blue to Black/Green)" (2016)なるお馴染の鏡面状のお椀作品もあったのだが、展示方法が宜しくない。床が一段高い部屋に設置され、そこは立ち入れない場所なので、鏡面の反射映像を各自で確かめる愉しみが味わえない。これでは作品の魅惑が半減してしまう。
今回の展示作品のうちで小生が唯ひとつ呪縛されたのは、アクリル製の無題作品(2016年)。見た目はただの透明なアクリルの直方体の塊なのだが、内部にもうひとつ小さなアクリルの直方体が封入されているらしく、素材の差から生じる界面反射により、「見れば見るほど、どうなっているのか分からない」という視覚的な謎がもたらされる。シンプルなのに、惹き込まれる。これぞカプーアの真骨頂だ。
この画廊でカプーア展を観るのはこれで四回目ではなかろうか。限られた空間で健闘していると思う一方、やはり「本当はこんなもんぢゃあない」という欲求不満が募るにも否定できない。美術館の大きな空間を使った大回顧展が切望されよう。
小一時間ほど会場に留まって辞去。すぐ近所の喫茶「愛玉子(オーギョーチー)」で休憩し、名物の愛玉子を所望。台湾に自生する植物の実から精製したという寒天状の透明な冷菓に、甘いシロップをかけ食す。楚々とした仄かな風味が好もしい。美味しいので土産としても包んでもらった。
そのあとは暮れ始めた上野公園をとぼとぼ抜けて帰路に就く。ひんやり涼しさが肌に染みる季節になった。秋が深まりつつある。