今にも雨になりそうな空を仰ぎつつ家人に同道して上京、途中でポツリ降り出したので仕方なく安価なヴィニル傘を買った。用事を済ませて表に出ると、曇天ながら雲間から薄日が射している。少し蒸すが暑くはなく、心地よい微風が吹きすぎる陽気なので、少し歩こうと衆議一決、五反田から裏道を通って白金台へ抜けた。時計を見ると午後四時。さっき昼食をいい加減に済ませたので小腹が空いた。
そうだ、確か昔この近所に暮らす旧友に連れられて旨い蕎麦を喰ったことがあるぞと十数年前の記憶がふと甦り、お洒落な外苑西通りへと足を向けたら、あった、ありました、通り沿いに古びた小さな蕎麦屋がひっそりと佇んでいた。幸いなことに、こんな半端な時間にも暖簾が出ている。店の名を
利庵(としあん)といい、この界隈では知らぬ者なき老舗なのだという(
→ここ)。
店内には人影もまばら、ほの暗く、しんと静まり返っている。品書きをしばし睨んで家人は「おろし蕎麦」、小生は「茄子蕎麦」をそれぞれ所望した。勿論どちらも冷たいほうで。家人のも旨そうだったが、小生のもなかなかに美味。蕎麦の歯応えもちょうど程よく、揚げて煮浸しにした茄子が今の季節にぴったりなのだ。本当はここで一杯といきたかったが、このあと更に歩くつもりなので今回はじっと我慢。
なんとか天気は保ちそうなので、そのまま外苑西通りを北上し、成り行き任せで道なりに歩いていくと天現寺橋の交叉点に出た。ここまで来ればもうわかる。ほんの数分で広尾の商店街に到着。地下鉄の階段を降りる前に、有栖川宮記念公園へ向かう角にある馴染の
神戸屋に寄って、夕食用に麺麭を買った。家人の歩数計に拠れば、ここまでで優に一万歩超。ちょっとした散策コースである。買った傘は一度も開く機会がなかったが、坂道で杖代わりに使ったから可としよう。
往還の車中では少し前に購めておいたカズオ・イシグロの新作に読み耽った。